新NISAのつみたて売却、20代で倍増したらしい。売る前に見てほしい、20年で8.1倍が「たった10日」で3.6倍になる数字
ニッセイ基礎研究所の解説記事を読んだ。見出しは「20代以下で『つみたて』売却急増 背景に『NISA貧乏』」。NISA貧乏というのは、積立をがんばりすぎて手元のお金が足りなくなる状態を指す、最近トレンドになっている言葉だ。この状態で急な出費が来ると、積み立てた分を売るしかなくなる。新NISAの2年目にあたる2025年、つみたて投資枠の売却が増えて、なかでも20代以下の売却率は前の年の4%台から9%へほぼ倍増したという。
わたしが投資を始めたのは26歳。はじめから今のスタイルだったわけではなく、いろいろ勉強を続けて、インデックス投信+日本の高配当株という形に落ち着いた。だから記事を読んで、まず疑問に思った。オルカン(世界中の株式にまとめて投資できる投資信託)を長期で積み立てるという最適解に近い形がこれだけ確立されているのに、なぜ売却率が倍増するのか。
売り買いの分の悪さを示す数字は、世の中にいくらでもある。有名なデータばかりだ。だから今日は新しい発見の記事ではなくて、その大前提をもう一度整理しておく記事にする。
1. 何が起きているか
まず記事の中身から。売却率は年末残高に対する売却額の割合で、残高100万円に対して9万円ぶん売られたら9%になる。20代以下は、残高の1割近くが1年で出ていった計算だ。
売った理由も、元データの日本証券業協会の調査に出ている。全体と20代以下を並べる。
利益確定だけがほぼ同じで、それ以外は全部20代以下のほうが高い。「これから下がりそうだから」の予想売りと損切り。リバランスや「分配金が魅力的でなくなった」という見直し売り。そして「現金が必要となったため」。
この理由の一つひとつに、確認できる数字がある。順番に見ていく。
2. 「たった10日」を逃すと、20年の結果が半分以下になる
まず、「下がりそうだから売る」に対する数字。JPモルガン・アセット・マネジメントが毎年更新している、有名な試算がある。2006年から2025年までの20年間、S&P500(配当込み)に投資した場合の結果だ。
20年は約5,000営業日ある。そのうちの、たった10日。全体の0.2%の日を外しただけで、8.1倍が3.6倍になる。40日、つまり2年に4日ずつ休んだ計算で、20年投資したのに元本割れまで落ちる。
そして、ここからがこの試算のいちばん大事なところだ。その「ベスト10日」は、いつだったのか。同じ期間のS&P500の日次データ(Yahoo Finance)をクロちゃん(わたしはAIのClaudeをこう呼んでいる)に渡して、調べてもらった。
10日のうち10日が、暴落のさなかに来ていた。いちばん良い日は、いちばん悪い日のすぐ隣にある。2020年3月には、9.5%下げた翌営業日に9.3%上げた。
「下がりそうだから売る」は、この悪い日を避けようとする行動だ。でも悪い日と良い日は隣どうしで来るから、怖くなって売って、現金のまま様子を見ていると、高い確率で良い日のほうを逃す。下がる前に売って得をするには、「下がること」と「どこで買い戻すか」の2つを当て続ける必要がある。たった10日の踏み外しで結果が半分以下になる勝負を、わたしは当てにいく気になれない。
3. 同じ投信でも、出入りする人は年1.2ポイント損している
「そうは言っても、うまく売り買いすれば」と思うかもしれない。そこで2つ目の数字。実際に売り買いした人たちの成績が、まとめて測られている。
モーニングスターが毎年出している「Mind the Gap」という調査だ。米国の投資信託とETF(取引所で株のように売買できる投資信託)の全体について、商品そのもののリターンと、投資家が実際に手にしたリターン(買った・売ったのタイミング込み)を比べている。2024年末までの10年間の結果はこうだった。
同じ商品を持っていたのに、である。商品選びの差ではない。出入りのタイミングだけで、年1.2ポイント削られている。高いときに買い、怖いときに売る。それを平均するとこうなる。
年1.2ポイントは小さく見えるかもしれないけれど、複利で30年続くと、年8.2%は約10.6倍、年7.0%は約7.6倍。100万円を置いたなら、30年後に約1,060万円と約760万円。300万円の差になる。しかもこのレポートの結論は、そのままタイトルになっている。「売買が多い投資家ほど、成績が悪かった」。
つまり、こういうことだ。相場のいちばん良い日は暴落の隣にあって当てられない(2章)。実際に当てにいった人たちは、平均で年1.2ポイント払っている(この章)。「売らずに続けろ」は精神論ではなくて、分の悪い勝負を降りるという、数字の上で合理的な選択だ。
4. 枠が「すぐ戻る」ようになるかもしれない
ここで、気になる制度の動きもひとつ書いておく。いまの新NISAは、売却した枠(買ったときの金額ぶん)が翌年にならないと復活しない。金融庁は2025年夏の税制改正要望で、これを売った年のうちに復活させる案を出した。運用商品の入れ替えをしやすくするためだ。2026年度の改正では、いったん見送られた。
便利になるのは良いことだと思う。でも、枠がすぐ戻るということは、非課税口座で売り買いがしやすくなるということでもある。もしそうなったとき、2章と3章の数字は、いまより効いてくる。
念のため、売り買いのいちばん速い形であるデイトレードの成績も置いておく。前に書いた記事で調べたとおり、ブラジルの研究では300日以上続けた人の97%が損失で、最低賃金より稼げた人は1.1%。台湾の研究では、手数料を引いたあとに勝ち続けられた人は1%未満だった。売買の回数を増やすほど、成績が悪くなる側に近づいていく。
制度がどう変わっても、この数字は変わらない。そして考えてみれば、いまは「売ると枠が翌年まで戻らない」という不便さが、売りすぎへのブレーキにもなっている。枠がすぐ戻るようになれば、そのブレーキは消える。売らないでいられるかどうかは、制度ではなく自分次第になる。
5. だから、売らずに済む形を先に作る
大前提が確認できたところで、売却理由の表に戻る。売り買いが分の悪い勝負だと分かっていても、「現金が必要となったため」(20代以下で28.6%)は起きる。生活はいつでも投資より先だから、これは失敗ではない。ただ、売らずに済む形は、先に作れる。わたしがやっているのは2つだけだ。
① 生活防衛資金を、積立額より先に決める
わたしは現金300万円を生活防衛資金として固定している。急な出費や、収入が細った月の生活費を受け止めるための、投資には回さない現金のことだ。フリーランスで収入が不安定なので、わたしは生活費の1年分より厚めに置いているけれど、よく言われる目安は生活費の3〜6か月分。置き場所は、いつでも引き出せる普通預金でいい。
大事なのは、金額よりも順番だ。先にこの現金を確保して、積立額は「なくても生活が回るお金」から決める。この順番なら、急な出費はまず現金が受け止めるので、投資信託を売る場面がそもそも来ない。
「NISA貧乏」と呼ばれる状態は、この順番が逆になっている。積立額を先に決めて、受け止める現金を残さずに走る。相場が良いあいだは問題が見えないけれど、出費が来た瞬間に、売るしかなくなる。もし積立で家計が苦しいなら、売る前に積立額を減らせばいい。月3万円を月1万円にしても積立は続いているし、積んだ分は市場に残って働き続けている。減らすのは後退ではなく、続けるための調整だ。
② 見直さなくていい商品を選ぶ
売却理由には、リバランスや「分配金が魅力的でなくなった」という見直し売りも多かった。見直し売りが起きるのは、見直しが必要な商品を持っているからだ。
個別の株は、選んだ理由が崩れていないかを自分で見張り続ける必要がある。手間のかかる選択だと思う。わたしが日本の高配当株を117銘柄自分で集めているのは、自分で小さなパックを組んでいるようなもので、そのぶんの手間は引き受けている。特定のテーマに賭ける投信は、長期と分散の観点から、わたしはおすすめしていない。
オルカンのように世界中へ広く分散された低コストのインデックス1本なら、その仕事は投信の中で行われる。伸びる会社の比率は勝手に増え、沈む会社は勝手に外れていく。見直す銘柄が、最初からない。売る理由をこうやって1つずつ消していくと、あとは持っているだけでよくなる。
順番と、商品。この2つを先に整えておけば、売らずに続けるのは我慢ではなくなる。いちばん楽で、しかも数字の上で理にかなった選択になる。
70年以上前に、給料の4分の1を天引きで貯めることから財産を築いた本多静六という人が、こんな言葉を残している。
雪だるまの話でいちばん大事なのは、玉の大きさではなく、転がり続けているかどうかだと思う。20代の積立は玉が小さくて当たり前で、小さいことは問題じゃない。2章と3章の数字が言っているのは、途中で拾い上げたり置き直したりするたびに、玉は確実に削れる、ということだった。月1万円でも、転がり続けてさえいれば芯は育つ。
まとめ
- 新NISA2年目、つみたて投資枠の売却率が上昇。20代以下は4%台から9%へ倍増。利益確定以外の理由がどれも全体より高い
- S&P500に20年投資すると8.1倍。上昇ベスト10日を逃すだけで3.6倍、40日で元本割れ(JPモルガンの試算)。その10日は全部、暴落のさなかに来ていた
- 同じ投信でも、出入りする投資家はタイミングだけで年1.2ポイント損。「売買が多い人ほど成績が悪い」(モーニングスター調査)
- 売却枠を年内に復活させる案が出ている(金融庁が要望、いったん見送り)。便利になるほど、売らないでいられるかは自分次第になる
- 順番は生活防衛資金が先、投資は余りで。苦しければ売る前に積立額を減らす。見直し売りの要らない、分散低コストの1本を選ぶ
自分の積立額と現金のバランスがこの先どう効いてくるかは、ライフプラン・シミュレーターで試せる。積立を減らした場合の線も引ける。
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