キオクシアが5兆円の増産を発表した。翌日、株価は8.8%下がった
8月27日、キオクシアが2032年までに5兆円規模を投資すると発表した。うち約1.8兆円で、岩手県北上市の工場に3棟目の製造棟を建てる。社長が首相官邸まで行って伝えた、国を挙げての大型投資だ。
メモリーが足りなくて、エヌビディアまで値上げに追い込まれているいま、それを作る側が大増産を打ち出した。良いニュースのはずだった。
ところが翌28日、キオクシアの株価は8.76%下がった。しかもこの日は、米エヌビディアの決算を受けて、日本の半導体株がそろって上がった日だ。その追い風のなかで、キオクシアだけが沈んだ。
なぜ、良いニュースなのに売られるのか。順番に見ていく。
1. 1日半で、何が起きたか
まず時系列から。この発表、実は1日のうちに三転している。
27日午後 キオクシアが「当社およびその子会社が発表したものではない」「さまざまな検討を行っていることは事実」とコメント
27日夕方 太田裕雄社長が高市首相と面会し、5兆円・1.8兆円・2029年度稼働として正式発表
28日 株価は8.76%下がって47,900円に
報道で買われて、正式になったら売られた。似た形を、武田薬品の記事で見たばかりだ。あのときは、薬の承認が正式になっても、株価はほとんど動かなかった。期待が先に株価に入っていて、事実はそれをなぞっただけだったからだ。今回はその先がある。期待で買った人たちが、事実が出たところで売って降りた。報道の世界では買い材料出尽くしと呼ばれている。
でも、それだけでは8.76%の説明としては足りない気がする。発表の中身を見てみる。
2. 何を発表したのか
・うち約1.8兆円で、岩手県北上市の工場に3棟目の製造棟を建設。2029年度中の稼働を目指す
・三重県四日市市の工場も増強する
・つくるのはNAND型フラッシュメモリー(SSDやSDカードの中身)。世界シェア約3割(キオクシアによる)
なぜ作るのかは、はっきりしている。AIのデータセンターがメモリーを食い尽くしていて、エヌビディアの記事で見たとおり、NANDの契約価格は3か月で7割上がった。わたしの撮影用SDカードは2年余りで約4.7倍。作れば売れるのが、いまのメモリーだ。
足りないから、作る。まっすぐな話に見える。では、なぜ売られたのか。
3. なぜ、良いニュースなのに売られたのか
28日の市場を並べると、この下げの異様さが分かる。
日経平均 0.41%高(66,405円)/東証全体の平均(TOPIX)も0.68%高
アドバンテスト 1.91%高/東京エレクトロン 0.41%高
そのなかで、キオクシア 8.76%安
市場のせいでも、半導体全体のせいでもない。この下げは、5兆円の発表そのものへの返事と読むしかない。
わたしなりの読み解きは、こうだ。メモリーは市況品で、値段は需要と供給の綱引きで決まる。いまは足りないから、3か月で7割も上がる。でも、キオクシアが1.8兆円の棟を建て、他のメーカーも同じように増産すれば、いつか「足りない」は「余る」に変わる。新しい棟が動き出すのは2029年度。そのころ市況がどうなっているかは、誰にも分からない。
つまりこの発表は、いまの利益の話ではなく、3年後の供給の話だ。「作れば売れる」の宴は、いまも続いている。でもその盛り上がっている宴の最中に、「もうそろそろお開きかな」と、先に帰りはじめた客がいる。それが、28日の売りだったのだと思う。
8月1日の記事で、わたしはこう書いた。市況で動く株は、利益が膨らみきった好決算のときほど、割安に見えてしまう。株価を利益で割った「PER」というものさしの数字が、利益が大きいぶん小さく出るからだ。でもそれは割安の証拠ではなく、「この利益は続かない」と市場が見ている証拠かもしれない、と。増産の正式発表は、その「続かないかもしれない」に日付の候補を与える出来事だった。
4. で、わたしのSDカードは安くなるのか
商売道具の話をすると、答えは「当分、ならない」だ。
新しい棟が動き出すのは、目標どおりでも2029年度。3年も先だ。つまり、増産のニュースはあしたの値下げのニュースではない。わたしのSDカードとSSD、つまり映像の仕事の消耗品は、まだしばらく高いままだ。
それでも、この発表で分かったことがある。値上がりの出口が、初めて日付つきで見えてきた。足りない状態は永遠ではない。世界シェア約3割のメーカーが、5兆円を投じて供給を増やすと正式に決めた。
わたしは、必要なら高くても買うし、必要がなければ安くても買わない。仕事の道具は、効率が上がるなら投資したい。だから知りたかったのは、いつ安くなるかよりも、なぜ高いのか。理由と出口の日付が分かったいまなら、高い買い物も納得して払える。
5. 「買わない」の答え合わせは、こうなった
さて、キオクシアには、わたしの宿題が残っている。8月1日に「買わない」と書いた、その答え合わせだ。
3日前のエヌビディアの記事の時点では、「買わない」と書いた日からの上がり幅は9.5%だった。「買っていれば、儲かっていた」と、都合の悪い側の答え合わせを書いた。それが1週間もたたないうちに、3.0%まで縮んだ。
どちらの数字も、わたしの判断の正しさの証明にはならない。証明になっていないことこそが、たぶんこの答え合わせの中身だ。1週間で+16.8%が+3.0%になる。この振れ幅を当てにいくゲームに、わたしは参加していない。参加しないと決めたから、上がった週の儲け損ねも、下がった週の「買わなくてよかった」も、両方とも受け取らない。
判断は変えない。市況の折り返し(利益と値段が下りに転じる地点)が来たのかどうかも、まだ分からない。ただ、7月の記事から見てきたこの銘柄の物語に、「2029年度に大きな供給が来る」という日付が書き込まれたことだけは、確かだ。
懐疑の中で育ち、楽観の中で成熟し、
陶酔の中で死んでいく
いまのメモリー市況が、この4つのどこにいるのかは、あとにならないと分からない。ただ、ひとつ確かなことがある。悲観のどん底で、5兆円の増産を発表する会社はない。市場が売りで応えたのは、この言葉を思い出した人が大勢いたからかもしれない。
6. 岩手の町のこと
最後に、投資の話から少しだけ離れる。
1.8兆円の棟が建つのは、岩手県北上市。東京でも四日市でもなく、東北の内陸の町だ。工場が建てば、人が来て、住んで、地元でお金を使う。信用金庫の記事で、地方ではお金を借りたい相手が減っていくと書いたばかりだけれど、その逆向きの、地方にお金の流れが生まれる話でもある。
いつか十勝に帰りたいわたしは、市況の行方とは別のところで、この投資がうまくいくといいと思っている。株を買わなくても、応援はできる。
高配当株もオルカンの積立も、ぜんぶSBI証券の口座でやっています。8年以上使っているメイン口座です。単元未満株なら1株から、気になる会社を持てます。
SBI証券の公式サイトを見る →7. まとめ
- キオクシアが2032年までに5兆円規模の投資を発表。約1.8兆円で岩手・北上に3棟目の工場を建て、2029年度稼働を目指す
- 報道の日に5.0%上がり、正式発表の翌日に8.76%下がった。半導体株がそろって上がった日の、ひとり負けだった
- 読み解きは2つ。買い材料出尽くしと、増産が「3年後の供給」を意味すること。足りないから作る。でも、みんなが作れば、いつか余る
- わたしのSDカードは当分安くならない。新棟の稼働は3年先。ただ、値上がりの出口が初めて日付つきで見えてきた
- 「買わない」の答え合わせは、+16.8%が1週間で+3.0%に縮んだ。どちらもわたしの判断の証明にはならない。この振れ幅を当てるゲームに参加していない
- 1.8兆円は地方にお金の流れが生まれる話でもある。株を買わなくても、応援はできる
・第一報:日本経済新聞の報道(8月27日朝、1兆円超の新棟建設)。会社コメント「当社およびその子会社が発表したものではない」「さまざまな検討を行っていることは事実」はITmedia NEWS(8月27日15時)
・「政府からの支援を前提」:株探ニュース(8月28日)。「買い材料出尽くし」の市場解説は日本経済新聞(8月28日)
・株価:Yahoo Financeの終値からわたしが計算(285A、8月1日46,500円・21日54,320円・27日52,500円・28日47,900円)。米エヌビディアの8.74%高、日経平均66,405円(0.41%高)は報道から
・メモリーの契約価格(3か月で7割上昇)とSDカード約4.7倍:8月25日のエヌビディア記事で使った数字(トレンドフォース、プライシー)
・テンプルトンの言葉:John Templeton の相場格言として広く伝わるもの。訳はわたし




