日本企業は、10年かけてもまだ資本コストを超えられていなかった。経産省の新しい指針が使う「ROIC−WACC」とは?
経済産業省が2026年7月21日に、「成長投資ガイダンス」を公表した。
2014年の「伊藤レポート」の系譜にある実務指針で、コーポレートガバナンス・コードの改訂とセットで作られたものだ。宛先は上場企業と機関投資家なので、個人投資家に何かを求める文書ではない。
最初は、自分に関係のある話だと思わなかった。
でも読んでみたら、投資家として持っておくべき物差しが1つあった。ROIC−WACCという。日本株を117銘柄持っているのに、わたしはこれを使ったことがなかった。
そして中に、アレっと思う数字があった。
日本の会社に集まったお金の65%は、価値を減らすほうの事業に置かれている。
1. ROIC−WACCとは何か。中身は仕入れ値と売値だった
難しそうな言葉が2つ並んでいるけれど、中身は仕入れ値と売値の話だった。
会社は、株主と銀行からお金を集めて事業をやっている。そのお金はタダではない。株主は「これくらい増やしてくれないと、よその会社に回す」と思っているし、銀行は利息を取る。この集めたお金の仕入れ値がWACCだ。
いっぽうROICは、集めたお金を事業に回して、税金を払ったあとにどれだけ稼げたかという売値のほう。
「マイナス」は、赤字という意味ではない
ここを取り違えると全部おかしくなるので、先に書いておく。
ROIC−WACCがマイナスでも、その会社は赤字ではない。決算書はふつうに黒字のことが多い。
理由は、株主の期待には請求書が来ないからだ。銀行に払う利息は請求書が来るので、費用として決算書に載る。でも株主が「これくらい増やしてほしい」と思っている分は、どこにも載らない。払っていないのではなく、数えていないだけだ。
数字にするとこうなる。
そして、届いていない状態が続くと、その事業に置いたお金はよそに置いたほうがましだったことになる。ここが最初につまずいた場所で、そして今回いちばん覚えておきたい一行だった。
経産省は、これに「量」を掛けた
ガイダンスの中心にあるのは、この差にいくら置いているかを掛けた数字だ。「価値創造」を、こう定義している。
利率だけでなく、面積で見るということだ。差が小さくても、置いた金額が大きければ生まれる価値は大きくなる。逆に、差がマイナスの事業に大金を置いていると、面積のぶんだけ価値が減る。
2. 日本は、まだマイナスだった
ではその日本企業の数字はどうなっているのか。ガイダンスのデータ集に載っていた。
日本のROICは6.37%で、WACCは6.41%。差はマイナス0.04ポイントだった。ほとんどゼロだが、符号はマイナスのままだ。集めたお金の仕入れ値を、稼ぎがまだ超えていない。
10年前(2009〜2013年の平均)はマイナス0.8%だった。10年かけて0.7ポイントぶん改善している。それでも、まだ届いていない。
米国はプラス5.3%。同じ物差しで測って、日本との開きは5ポイント以上ある。
3. 効いていたのは「率」より「量」だった
もう少し中身を見て、意外だったことがある。
この10年で、日本のROICは5.4%から6.37%へ、1.0ポイント上がった。米国は11.1%から12.5%で1.4ポイント。改善の幅そのものは、そこまで大きく違わない。
違ったのは、投じたお金の量のほうだった。
EPは率×量の面積なので、率をどれだけ磨いても、量が増えなければ面積は増えない。米国は率も上げたうえで、投じる量を2倍近くにした。日本は率を上げたけれど、量は1.2倍にとどまった。
その差が、いちばんはっきり出ているのが投資の額だ。ガイダンスによると、2023年度の売上高に対する成長投資(設備・研究開発・人的資本)の比率は、日本が17.7%、米国が29.4%、欧州が27.2%。米国は日本の約1.7倍、欧州は約1.5倍を投じている。
ここでガイダンスは、賃上げについてもはっきり書いていた。賃上げは配るための政策ではなく、人を集めて生産性を上げるための投資だ、と。国の文書としては、ずいぶん踏み込んだ書き方だと思う。
4. 集まったお金の65%は、価値を減らすほうにあった
ここからが、いちばん驚いた数字だ。
ガイダンスは日本の主要350社を、事業のかたまり(セグメント)ごとに価値を生んでいる側と価値を減らしている側に分けている。
価値を生んでいる事業が780億ドル稼いでも、価値を減らしている事業が800億ドル減らして、差し引きマイナスになる。
ガイダンスはこれを「価値創造セグメントが生み出した価値が相殺される構造」と書いていた。稼いだぶんが、そのまま打ち消されている。
5. 4象限で見る「いまいる場所」
ガイダンスには、会社が資本市場でどこにいるかを見るための図もあった。PBR(会社の値段が、持っている財産より上か下か)1倍と、ROE(自分の資本でどれだけ稼げたか)8%で区切った4象限だ。
低い
高い
米国 35.4%
欧州 33.0%
米国 41.0%
欧州 35.5%
米国 18.3%
欧州 20.9%
米国 5.2%
欧州 10.6%
日本は、いちばん左下の部屋(PBR1倍未満・ROE8%未満)に3社に1社がいる。米国と欧州は2割前後だ。つまり、稼ぐ力が低く、市場からの評価も低い。その両方に当てはまる会社が、日本にはそれだけ多い。
もうひとつ、右下の部屋も見てほしい。稼いでいるのに、評価が低い(ROE8%以上・PBR1倍未満)という部屋で、日本は13.8%。米国の5.2%、欧州の10.6%より多い。じつは、わたしの高配当株の選び方(利回りを見て、PBRやPERで割安感を確かめる)は、結果的にこの部屋の住人を探す作業に近いのだと、この図を見ていて気づいた。
ここで面白いのは、ガイダンスがこの4象限を「結果」だと言い切っているところだった。目標にする数字ではなく、過去の経営が出た跡だ、と。だから各社は自分の立ち位置を踏まえて、どういう道筋でEPを増やすかを投資家に説明しなさい、という書き方になっている。
ちなみにこのガイダンスは、6月に出た原案から機械的な運用を避けるように修正されていると報じられている(Sustainable Japan)。PBR1倍やROE8%を一律のノルマにする使い方を、国の側が警戒したということだと思う。
6. 高配当株を117銘柄持つ、わたしに返ってくる話
ここまで会社の話をしてきたけれど、読んでいて引っかかったのは、自分に返ってくる部分があったからだ。
腑に落ちたのは、ここだった。ROIC−WACCは、自分が次にどの株を買い足すか決めるときの考え方と同じだった。
簿価利回りが5%まで育つと思って買った株が、増配がないまま4%で止まっている。配当は出ているし、赤字でもない。それでも「次に買い足すのは、この株じゃないかも」と考える。期待に届かないなら、お金の置き先を変えるという話だ。
会社が事業に対してやっているのも、これと同じことになる。
わたしは売らない主義なので、動かすのは買い足す先だけだ。会社のほうは、事業をたたむところまで踏み込む必要がある。そこは重さが違う。
日本企業がやっていないのは、この置き先の変更だった。4%で止まった事業にお金を置いたまま、そこに足し続けている。それが「投下資本の65%が価値を減らす事業に置かれている」の中身だと思う。
ひとつだけ気をつけたいのは、簿価利回りとROICは別物だということ。簿価利回りはわたしが受け取る配当で、ROICは会社が稼いだ額だ。稼ぎが少なくても、その多くを配当に出せば利回りは高くなる。ROICが低くても配当利回りが高い株は、ふつうにある。
わたしは日本の高配当株を117銘柄持っている。高配当株というのは、成熟した会社が多い。成長に投資するより、稼いだお金を配当に回す会社だ。
そしてガイダンスが構造的な課題として挙げているのが、まさにここだった。
わたしが毎年受け取っている配当のいくらかは、その会社が投資に回さなかったお金かもしれない。投資機会があるのに株主還元を優先すると価値創造の機会を失う、とガイダンスははっきり書いている。
これは会社を責める話でも、高配当株をやめるという話でもない。ただ、もらう側として、その裏側を知らずにいたということだ。配当利回りと減配リスクは毎月見ているのに、その会社が資本コストを超えているかどうかは、一度も見ていなかった。
だから次は、自分の117銘柄で実際に測ってみようと思う。ROICとWACCを銘柄ごとに出して、わたしのお金が価値を生む側に置かれているのか、減らす側に置かれているのかを見る。その1本目として、JTを測った記事を書いた。
経営学者のピーター・ドラッカーが、30年前にこう書いている。
その企業は損失を出して事業を営んでいる
ピーター・ドラッカー(ハーバード・ビジネス・レビュー 1995年1-2月号)
ここでいう「損失」は、決算書の赤字のことではない。同じ文章のなかでドラッカーは、本当に利益が出ているかのように税金を払っていても関係ないと続けている。会計が黒字でも、食いつぶした資源より少ないものしか経済に返していないなら、それは損失だ、と。
30年前の言葉が、そのまま今回のガイダンスの中身になっている。ずっと言われてきたことに、国がようやく共通の物差しをつけた。
ROICもWACCも、決算の数字がなければ計算できません。保有している銘柄の業績や指標を1か所で見られる環境があると、こういう確かめものがぐっと楽になります。わたしが8年使っているメイン口座です。
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- 経産省が2026年7月21日に「成長投資ガイダンス」を公表した。中心にあるのはROIC−WACCという物差し
- WACCは集めたお金の仕入れ値、ROICはそのお金で稼いだ売値。差がマイナスなら、黒字でも事業をやるほど価値が減る
- 日本の主要企業はROIC6.37%・WACC6.41%で、差はマイナス0.04%。10年前のマイナス0.8%からは改善したが、まだ超えていない。米国は+5.3%
- 違いは率より量だった。この10年で投下資本は日本1.2倍・米国1.9倍。売上高に対する成長投資の比率も日本17.7%に対し米国29.4%
- そして日本は、投下資本の65%が価値を減らす事業に置かれている。生んだ780億ドルが減らした800億ドルに相殺され、合計はマイナス
- 高配当株を117銘柄持つ身として刺さったのは、成長ステージによらず一律に株主還元しているという指摘だった
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- JTは価値を生んでいるか。測ったらROIC10.1%。でも1年前に測っていたら、逆の記事を書くところだった




