88兆円の年金が「資産配分」をやめた。株と債券の関係が変わった、ってどういうこと?
「世界の年金が運用配分柔軟に 株・債券の関係変化」という記事を読んだ。
アメリカ最大の公的年金が、資産ごとの配分比率を廃止したという。「株を何割、債券を何割」と決めるのをやめた、ということだ。
じゃあ、わたしはどうなんだろう。
そう思って書き始めたら、そもそも「何割にするか」を考えたことがなかったと気づいた。
そこも含めて、順番に書いていく。カルパースって何者なのかというところから始める。
1. カルパースって、何をしている組織なのか
正直に書くと、わたしもニュースで名前を見るだけで、中身をきちんと知らなかった。
| 正式には | カリフォルニア州職員退職年金基金 |
| 何をする組織か | カリフォルニア州の公務員の年金を、預かって運用する |
| 加入者 | 200万人超(受け取っている人は79万人超) |
| 運用しているお金 | 約5,560億ドル(およそ88兆円) |
| 直近の成績 | 2024〜25年度で +11.6% |
| 決める人 | 13人の理事会が投資の方針を監督している |
88兆円。 大きすぎてピンとこないので、日本と比べてみる。
日本の公的年金を運用しているGPIFは、以前に調べたときで約294兆円だった。カルパースは、その3分の1くらいにあたる。
ここで気づいた。GPIFは日本全国の年金を運用している。カルパースは、カリフォルニア州の公務員だけだ。
それで、GPIFの3分の1まで来ている。
日本は4兆200億ドル
→ 州ひとつで日本を抜いて、世界4位(米国・中国・ドイツに次ぐ)
州がひとつで、国ひとつぶんより大きい。 ハイテク産業と観光の伸び、それに円安が重なった結果だという。
そう考えると、カリフォルニア州の公務員の年金が88兆円あるというのも、腑に落ちてくる。
そのうえでカルパースが注目されるのは、アメリカの公的年金では最大で、しかも新しいやり方を先に試すことが多いからだ。世界中の運用会社が、その判断を見ている。
つまり今回の決定は、「大きいところが変えた」というだけでなく、「これから他も追うかもしれない」という話でもある。
2. その年金が、何をやめたのか
やめたのは、「資産ごとの配分目標」だった。
| これまで 箱で分ける |
これから 重さで測る(TPA) |
|
|---|---|---|
| 決めるもの | 資産ごとの配分の目標 上場株式4割、債券3割など |
全体で背負うリスクの量 配分の目標は持たない |
| 株の比率は | 4割から離れたら戻す | リスクが範囲に収まれば9割まで増やしてもいい |
| ものさし | 配分の目標そのもの | 株式75%・債券25%を「参照ポートフォリオ」と呼び、リスクの目安に使う |
ここは間違えやすいので、もう一度書いておく。
株式75%・債券25%は、新しい配分の目標ではない。
「この組み合わせで持ったときと同じくらいの揺れ方まで」という、リスクの物差しとして置いてあるだけだ。実際に何をどれだけ買うかは、そのつど決めていい。
カルパース自身の言葉では、こうなっている。
資産ごとに決められた配分に固執せず、個々の投資戦略が資産全体にどう利益をもたらすか柔軟に評価できるようになる
このやり方を、トータル・ポートフォリオ・アプローチ(TPA)という。
これから:入れ物をなくして、全体で背負うリスクの量だけを決める
→ リスクの範囲に収まるなら、何をどれだけ持ってもいい
箱で分けるのをやめて、重さで測るようにした、という感じだと思う。
3. そもそも、なぜ「株と債券」を組み合わせるのか
ここが今回のいちばん大事なところなので、ゆっくり書く。
なぜ株だけではなく、債券も持つのか。 答えは「逆に動くと思われていたから」だ。
シーソーを思い浮かべてもらうと早い。片側が下がれば、もう片側は上がる。全体としては、真ん中あたりで落ち着く。
なぜそうなると思われていたのか。仕組みはこうだ。
②景気を立て直すため、中央銀行が金利を下げる
③金利が下がると、債券の値段は上がる(金利と債券はシーソー)
→ つまり株が下がったときに、債券が上がってくれる
③の「金利と債券はシーソー」というのは、以前に書いた話だ。すでに持っている債券は利率が決まっているので、世の中の金利が下がると、その債券が相対的に魅力的になって値段が上がる。
この組み合わせを形にしたのが、有名な「株60・債券40」という配分だ。
株の役割:増やす。ただし大きく揺れる
債券の役割:利息を受け取りながら、株が下がったときに受け止める
→ アクセルとブレーキを、6対4で積むイメージ
もとをたどると、1952年にハリー・マーコウィッツが発表した論文にいきつく。「性格の違うものを組み合わせると、リターンを大きく落とさずに揺れを小さくできる」という考え方で、これでノーベル経済学賞を受けている。
そこにアメリカの好景気と、年金など大きな機関が運用の主役になったことが重なって、6対4という形が定番になっていった。
そして実際、この配分はよく働いた。
→ 特別なことを何もせずに、この数字が出ていた
株で増やして、債券で受け止める。 何十年も、これが世界の基本形だった。プロも個人も、まずここから考えた。
だからカルパースの決定は、その基本形そのものへの疑いでもある。
4. その前提が、崩れた
ところが、この仕組みには効かなくなる場面がある。物価が上がっているときだ。
②金利が上がると、債券の値段は下がる(シーソーの逆)
③同時に、金利が上がるとお金を借りにくくなるので、株も下がる
→ つまり株も債券も、そろって下がる
それが実際に起きたのが2022年だった。物価が急に上がって、各国が金利を上げた年だ。
債券の部分:12%強のマイナス(受け止めるはずのほうが、大きく沈んだ)
→ 全体では約17%のマイナス。過去95年で3番目に悪い年だった
受け止めるはずだった債券のほうが、株より大きく下がっている。 これが「関係が変わった」ということの中身だ。
そして問題は、これが一度きりではなかったことにある。
アメリカの株と債券の関係は、数十年にわたっておおむね「逆」だった。それが近年、急速に「同じ向き」に変わった。
| これまでの数十年 | 近年 | |
|---|---|---|
| 世の中の状態 | 物価が上がりにくい | 物価が上がる |
| 株と債券 | おおむね逆に動く | 同じ向きに動きやすい |
| 「株60・債券40」は | 受け止めてくれる | 思ったほど受け止めない |
カルパースが配分をやめた理由は、ここにある。
「株を4割、債券を3割」という決め方は、その2つが逆に動くことを前提にしている。前提が変われば、決め方も変える。そういう話だった。
5. わたしは、配分という考え方をしていなかった
ここで、自分のことを書いておきたい。
正直に言うと、わたしは「何割にするか」を考えたことがない。
ただ、円で配当がほしい。だから日本の高配当株をやっている
いまの方針は「日本の高配当株を増やしていきたい」という、ざっくりしたものだけ
BNDは、本当に気休め
資産を全部公開した記事には、インデックス65.8%、日本高配当株21.3%というように比率を並べている。でもあれは目標ではなく、結果だ。買ったものと値動きが積み重なって、たまたまその数字になっているだけになる。
わたしが決めているのは、比率ではなく目的のほうだった。
「円で配当がほしい」から、日本の高配当株を買う。「将来のために置いておきたい」から、オルカンを積み立てる。その結果として、比率が出てくる。
そう考えると、カルパースとはもともと立っている場所が違う。
| カルパース | わたし | |
|---|---|---|
| 配分の目標 | 決めていた(今回やめた) | もともと持っていない |
| 何を基準に決めるか | 全体のリスクの量 | 何がほしいか(円の配当、将来の軸) |
| 全体のリスク | 常に計算する仕組みがある | 測っていない |
枠にこだわらない、という方向は同じだ。でも中身がまったく違う。
カルパースは枠を外した代わりに、リスクの量を測るようにした。わたしは枠がないまま、リスクの量も測っていない。
これは、けっこう大事なことだと思う。
比率を決めずに買い続けると、伸びたものの割合が、勝手に上がっていく。株が伸びれば株が増える。放っておけば、リスクは静かに増えていくということだ。
その証拠が、次の章の数字になる。
6. わたしのBNDは4.5%。「気休め」と書いていた話
わたしはBNDという米国の債券ETFを持っている。いまの数字が、5章で書いたことをそのまま表している。
総資産5,831万円に対して4.5%
→ 買い増しは続けているけれど、株のほうが伸びたので比率はむしろ下がっている
そして、その記事でわたしはこう書いていた。
わたしにとってBNDは「守り」というより「気休め」に近い
株式市場が大きく崩れたとき、BNDが1割あったところで全体の下落をほんの少しマイルドにする程度だと思っている
カルパースが制度として認めたことと、わたしが「気休め」と呼んでいたことは、たまたま同じ方を向いていた。
ただ、わたしは相関がどうこうと考えていたわけではない。持っていても、守られている感じがしなかった。それだけだ。
「債券は守りの資産」と言われる。でも1割にも満たない量では、そこまで効かない。理屈の話ではなく、持ってみた実感のほうだった。
では、BNDを減らすのか。 そこは変えない。
期待していたのは、もともと「守り」ではなく「気休め」のほうだからだ。「全部が株ではない」という状態そのものに意味を置いている。それは相関がどうであれ、変わらない。
むしろ今回のニュースで良かったのは、期待の置き場所を確かめられたことだった。「債券があるから大丈夫」と思っていたら、危なかった。最初からそこまで期待していなかったのが、結果として正しかった。
そのうえで、5章に書いた「リスクが静かに増えていく」という話に戻っておきたい。
わたしはリスクの量を測っていない。 そこは、カルパースのようにはできない。
代わりにやっているのは、測らなくても済む形にしておくことだ。
比率が何割になっていようと、生活が続くなら、その揺れは耐えられる。 数字で測る代わりに、耐えられる状態のほうを作っておく。わたしにできるのは、そちらだと思っている。
7. まとめ
- アメリカ最大の公的年金カルパースが、2026年7月に資産ごとの配分目標を廃止した
- カルパースはカリフォルニア州の公務員の年金を運用する組織で、加入者200万人超、運用資産は約5,560億ドル(およそ88兆円)
- GPIFは日本全国、カルパースは1つの州の公務員だけ。それでGPIF(約294兆円)の3分の1まで来ている。実際カリフォルニア州は2024年のGDP(ドル換算)4兆1,000億ドルで、日本(4兆200億ドル)を抜いて世界4位になった
- そのうえでアメリカの公的年金では最大で、新しいやり方を先に試すことで知られる
- これまでは「上場株式4割、債券3割」のように資産ごとに目標を決めていた。これからは株式75%・債券25%の「参照ポートフォリオ」をリスクの目安にして、リスクが範囲に収まれば株を9割まで増やしてもいい
- 箱で分けるのをやめて、重さで測るようにした、という変更。これをトータル・ポートフォリオ・アプローチ(TPA)という
- なぜ株と債券を組み合わせるのかというと、逆に動くと思われていたから。景気が悪化→株が下がる→中央銀行が金利を下げる→債券が上がる、という流れがあった
- この考え方を形にしたのが「株60・債券40」で、もとは1952年のハリー・マーコウィッツの論文(ノーベル経済学賞)。2013〜2022年の10年間で年平均7.7%という成績を出してきた、世界の基本形だった
- その前提が崩れた。物価が上がる局面では、金利上昇で株も債券もそろって下がる。2022年は株が8%強、債券が12%強のマイナスで、全体は約17%安。過去95年で3番目に悪い年だった。受け止めるはずの債券のほうが、大きく沈んだ
- 数十年おおむね「逆」だった関係が、近年は「同じ向き」に変わっている
- そもそもわたしは「何割にするか」を考えたことがない。基本はS&P500やオルカン一本でもいいと思っていて、ただ円で配当がほしいから日本の高配当株をやっている。いまの方針は「日本の高配当株を増やしていきたい」というざっくりしたものだけ
- 公開している構成比は、目標ではなく結果だった。決めているのは比率ではなく、目的のほうになる
- つまりカルパースとはもともと立っている場所が違う。あちらは決めていた枠を外した代わりに、リスクの量を測るようにした。わたしは枠がないまま、リスクの量も測っていない
- ここが大事で、比率を決めずに買い続けると、伸びたものの割合が勝手に上がっていく。放っておけばリスクは静かに増えていく
- わたしのBNDは229口・262万1,098円で、総資産の4.5%。買い増しは続けているが、株が伸びたぶん比率は下がっている
- 以前からBNDは「守り」ではなく「気休め」だと書いてきた。カルパースが制度として認めたことと、たまたま同じ方を向いていただけで、理屈で分かっていたわけではない
- それでもBNDは減らさない。もともと期待していたのが「守り」ではなく「全部が株ではない」という状態そのものだから。期待の置き場所を確かめられたのが、今回の収穫だった
- リスクの量は測っていない。代わりにやっているのは、測らなくても済む形にしておくこと。現金300万円を生活防衛資金として別枠で持ち、生活費は月15万円に収めてある。資産がどれだけ揺れても、暮らしのほうは止まらない
・トータル・ポートフォリオ・アプローチ:マーサー「トータル・ポートフォリオ・アプローチ(TPA):資産運用モデルの進化」/Bloomberg「カルパースも検討、革新運用のトータル・ポートフォリオ・アプローチ」
・「株60・債券40」の歴史と成績:バーテックス・インベストメント・ソリューションズ「60/40ポートフォリオとその歴史」/ALTERNA「60/40ポートフォリオの特徴、優位性、問題点」
・株式と債券の相関:Bloomberg「60/40運用のリスク増大、株・債券の相関高まる-新たな時代示唆か」/日本経済新聞「『株60・債券40』薄れる黄金律」
・カルパースの概要:CalPERS 公式サイト
・カリフォルニア州のGDP:ジェトロ「米カリフォルニア州の経済規模、日本を抜き世界4位に」(2025年4月)
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