87兆円のドルは、誰が出すのか。対米投資に米銀が入ってきた理由を調べてみた
8月14日、国際協力銀行(JBIC)が対米投資の第2弾を発表した。
そこに、アメリカの銀行が初めて入っていた。
なぜ日本の投資なのに、アメリカの銀行が出てくるのか。そこが気になったので、調べてみた。
1. 「投資する」の中身が、思っていたのと違った
まず、前提の確認から。
円に直すと、およそ87兆円
→ 発電所などのインフラに、日本からお金が向かう
87兆円と言われても、大きすぎてピンとこない。
並べてみると、こうなる。
一度に出すわけではなく、何年もかけて事業ごとに
→ それでも、約束した総額としては桁が違う
まず、誰が投資するのかを勘違いしていた。
政府がやるのは、その案件に出資・融資・融資保証で関わること
→ 政府自身が発電所を建てるわけではない
「日本が87兆円を出す」と聞いて、税金が出ていくのかと思っていた。そういう話ではなかった。
そしてもうひとつ。これは「あげる」お金でもない。
融資 … 貸して、利息をつけて返してもらう
融資保証 … 他が貸したぶんに、保証を付ける
今回の46億ドルも、融資だ。返ってくることを前提にしたお金で、税金を配るのとは違う。
では、まったく心配がないのかというと、そうでもない。
アメリカ側は「利益の9割は米国、1割が日本」と説明している
→ ただしこの「9割」が何に対する9割なのかは、まだはっきりしていないと指摘されている
アメリカの商務長官は、日本を「銀行であって、運営する側ではない」とも言っている
→ 日本側の説明と食い違っていると指摘されている
貸したお金は戻る。でも、儲けの取り分は別の話だった。そして、そこが決まっていない。
87兆円という数字だけが先にあって、中身はまだこれから。この記事を書きながら、何度もその感じを持った。
そう感じるのには、理由がありそうだ。そもそもこの87兆円は、関税交渉のなかで決まったものだ。投資として儲かるから始めた話ではない。
だから「投資の意味」を利回りで測ろうとすると、答えが出ない。
そして、この話には反対側がある。関税の交渉とセットで決まった以上、日本側が交換に得た条件もある。そちらの評価はわたしの手に余るので、この記事では扱わない。
2. 第2弾に、アメリカの銀行が入ってきた
今回の発表は、その第2弾だ。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出す側 | JBIC・シティ・JPモルガンの3社 |
| 金額 | 合計46億ドル(約7,300億円) |
| 使いみち | ガス火力発電所2つ。ペンシルベニア州に最大23億ドル、テキサス州に最大22億ドル(いずれも概数なので、足しても合計とはぴったり一致しない) |
| 分担 | 正確な比率は非公表。報道では3社おおむね均等とされる |
ただし、金額そのものは大きくない。46億ドルは、5,500億ドルの1%に届かない(0.84%ほど)。第1弾の2,500億円と合わせても、87兆円のうち1兆円ぶんだ。
注目されたのは、金額ではなかった。
第1弾で入っていたのは、JBICと日本の3メガバンクだった
→ お金を出す顔ぶれが、入れ替わった
日本がアメリカに投資する話なのに、貸すのはアメリカの銀行。
3. なぜ日本の銀行ではないのか
理由は、はっきり報じられていた。
銀行の側からは「政府の外貨調達支援がなければ、第2弾以降は議題にできない」という声も
→ そこでドルを豊富に持つ米銀が主体に入れ替わった
お金がないから降りた、という話ではない。日本のメガバンクは、世界でも有数の規模がある。
足りないのは、円ではなくドルだった。
4. ドルは、日本の中にあるわけではない
ここが、わたしにはいちばん分かっていなかったところだ。
日本の銀行は、円ならいくらでも用意できる。わたしたちが預けているからだ。
でも、ドルは違う。
日本の銀行にとって、ドルは借り物だ。海外の市場から集めてきて、それを貸している。
そして、借りる期間と貸す期間が合っていない。
貸すほう … 発電所に、10年20年という長い期間で
→ 差を埋めるために、期限がくるたびに借り直すことになる
100万円で考えると、分かりやすかった。
3か月後 B銀行から100万を借りて、A銀行に返す
6か月後 C銀行から100万を借りて、B銀行に返す
9か月後 D銀行から100万を借りて、C銀行に返す
⋮ これを10年で40回近く
10年後 アメリカから100万が返ってきて、ようやく終わる
アメリカに貸すのは、最初の1回だけ。返してもらって、また貸すわけではない。
替わっていくのは、借りる相手のほうだ。B銀行から借りたお金でA銀行に返し、C銀行から借りたお金でB銀行に返す。それを10年くり返す。
ふだんは、何も起きない。淡々と借り換えられる。問題は、市場が荒れたときだ。
借り直せないと、どうなるか。
貸したお金は、10年20年たたないと戻ってこない。でも、借りたお金には返す期限がある。
手元にないのに、返さなければいけない。
そうなると、銀行は3つのうちどれかを選ぶことになる。
→ 利ざやが吹き飛んで、貸すほど損をする状態に
② 持っている資産を、急いで売る
→ 米国債などを投げ売りすることになり、損が出る
③ ほかの取引先への融資を、止める
→ ふつうの会社が、とばっちりでお金を借りられなくなる
どれを選んでも、痛い。
実際、対米投資にドルを回すと、もともとの取引先に貸すぶんが減るという指摘も出ていた。危機を待たずに、③がじわじわ効いてくる形だ。
そして、これは想像の話ではない。
民間だけでは回らず、アメリカの中央銀行が各国の中央銀行にドルを融通した
→ 日銀はそれを使って、日本の銀行にドルを配った
収まったのは、中央銀行が出てきたからだ。裏を返せば、中央銀行が出てこなければ止まっていたということでもある。
そして、その仕組みを使った中央銀行のなかで、いちばん多く借りていたのは日本銀行だった(2020年6月時点)。全体4,469億ドルのうち、2,233億ドル。ほぼ半分を占めている。
それだけ、日本の銀行はドルを外から借りているということだ。
アメリカの銀行にとってのドルは、日本の銀行にとっての円と同じだ。国内から集められるので、借り直す不安がない。
だから米銀が入ったことで、ドル調達の見通しは一歩前進した。報道でも、この点は前進とされていた。
ただし、第1弾と合わせても、動いたのは全体の1%ほどだ。残りをどうするかは、決まっていない。
5. 円への影響を考えてみた
ここからは、わたしの推論だ。そう書いている報道は見つかっていないので、そのつもりで読んでほしい。
ここで、ひとつ引っかかった。どちらが出しても、お金はアメリカに行くのではないか。
それなら、円への影響は同じはずだ。そう思ったけれど、違っていた。
→ その部分では、円が登場しない
日本の銀行が出す … ドルを用意する過程で、円を売る場面がありうる
→ そこではじめて、円に効く
お金が国境を越えるかどうかではなく、円が売られるかどうかだった。
「日本の対米投資」と呼ばれていても、動いているドルの多くはアメリカの中で回っている。
ただし、今回もJBICが3社のうちの1社として入っている。おおむね均等なら3分の1ほどで、そのぶんのドルは日本側が用意することになる。
もし、この先も日本の銀行がドルを出し続けていたら、どうなっていたか。
それが何年も続く → 円安の方向に、じわじわ効く
→ でも米銀がドルを出すなら、その場面は生まれない
この枠組みが、そのまま円安の圧力になるとはかぎらない。そう考えると、今回のニュースは円にとって悪い話ではないように思えた。
ただし、ここは慎重に見ておきたい。
JBICの分はこれまでも国が調達している
→ 「日本の銀行だったら必ず円安だった」とまでは言えない
それでも、ドルを日本側が集め続ける形よりは、円への圧力が軽そうに思える。
6. リスクは日本、利息は米銀
もうひとつ、目に留まった記述があった。
シティとJPモルガンの拠出分には日本貿易保険(NEXI)が保証を付けて損失のリスクを抑えた
日本の保険が、アメリカの銀行の損失をカバーするという形になっている。
利息を受け取るのも、シティとJPモルガン
→ でも焦げついたときに払うのは、日本側
これを「ずるい」と言うのは、たぶん違う。保証があるから米銀は入れたわけで、なければドルの調達が止まっていた。
ただ、最後にリスクを持つのは日本の側だという事実は、知っておきたい。
しかも、NEXIもJBICも国の機関だ。焦げつけば、最後は公的な負担になりうる。「税金を配る話ではない」ことと「税金と無関係」は、同じではなかった。
第1弾のときも、民間の融資分のほぼ全体にNEXIの保険が付いていたと報じられている。この形は、今回だけの話ではない。
7. 原子力の話は、外れていた
細かいけれど、気になる記述があった。
第2弾の計画には、次世代の小型原発(SMR)も含まれる予定だった。でも、今回の融資からは外れている。
→ 決まっていないので、お金は出せない
外れた理由は「危ないから」ではなく、「決まっていないから」だった。
8. 前の記事と、つながっていた
3日前に、こんな記事を書いた。
稼いだお金が、日本に帰ってこない。過去最大の黒字なのに円安が進む理由を調べたものだ。
あのときは、入ってこないお金の話だった。海外で稼いだ配当が、円に替えられずに現地に残る。だから統計は黒字でも、円は買われない。
今回は、出ていくお金の話になる。
出ていく … 87兆円ぶんの投資が、アメリカへ向かう
→ どちらも帳簿の上では、日本の外へ向かっている
そして、同じ落とし穴もあった。
あのときは「統計では日本の黒字なのに、円は買われない」だった。今回は「日本の投資と呼ばれているのに、円は売られない」になる。
帳簿に載ることと、円が動くことは、別だった。
9. 無関係ではない。それでも、動かなかった
正直に書くと、読みながら別のことも考えていた。
日本の発電まわりの会社に、仕事が回るかもしれない
JBICが調達のために、円を売るかもしれない
素人でも、これくらいは思いつく。
でも、どれも「かもしれない」だ。
思いついたら、けっきょく調べてしまう。「発電まわりの会社、上がってないかな」と株価を見に行く。
そして、たいてい もう上がっている。
そこで「ああ、とっくにもう織り込まれているんだな」と思って、終わる。買うところまで行かない。
→ 株価を調べる
→ もう上がっている
→ わたしが5分で思いつくことは、それを仕事にしている人が先に考えている
株価は、これから起きると分かっていることを先に織り込んで動く。わたしのように、報道を読んでから調べ始める速さでは、たいてい間に合わない。
それが体感として分かってきたのが、この数年でいちばん変わったところだと思う。思いつかなくなったわけではない。思いついて、調べて、納得して、終われるようになった。
そして、調べた結果はこうだった。
→ 調べたら、円が売られる話ですらなかった
→ つまり不安は、知らないことから来ていた
知らないから、大きく見えていた。
しかも今回、思い違いが3つあった。
税金が使われると思っていた → 配るのではなく、貸すお金だった(ただし焦げつけば、負担は国に残る)
日本のお金が出ていくと思っていた → 動いているのはアメリカのドルだった
大きな数字のニュースほど、中身を見ないと意味が分からない。
分からないまま数字だけ見ていると、見出しの大きさに引っぱられる。なにかしたほうがいいのではないか、と思ってしまう。
調べて「関係なかった」と分かれば、そのまま続けられる。
わたしがやっているのは、オルカンを積み立てて、日本の高配当株を117銘柄持っているだけだ。
厳密に言えば、無関係ではない。そのなかには銀行業のETFが入っていて、4章で見たドル調達の重さは、めぐりめぐって業績に効いてくる。6章で見た保証も、税金の側につながっている。
それでも、いま売る理由にも買う理由にもならなかった。
10. まとめ
- 87兆円の対米投資。でも投資するのは日本の民間企業で、政府は出資・融資・保証で関わるだけ。あげるお金でもなく、融資なら返ってくる
- 第2弾で米シティとJPモルガンが初参加。日本の3メガバンクはドル調達が長く続かないとして主役を降りた
- 足りないのは円ではなくドル。日本の銀行にとってドルは借り物で、10年貸すのに、数か月ごとの借り換えでつなぐことになる
- それは実際に詰まったことがある。2008年と2020年、中央銀行が出てくるまで民間だけでは回らなかった
- ここからはわたしの推論。米銀が出すならアメリカのドルがアメリカの発電所へ向かうだけで、円が売られる場面が生まれない
- つまり為替を動かすのは、お金が国境を越えることではなく、円が売られることだった
- 最初は「87兆円も出ていくのか」と身構えたけれど、不安は、知らないことから来ていた
- 無関係ではない(117銘柄に銀行業のETFが入っている)。それでも、売る理由にも買う理由にもならなかった
・第1弾と枠組み:JBIC「米国におけるガス火力発電プロジェクトに関する出融資」(2026年5月1日)/日本経済新聞「対米投資第1弾にJBICと3メガバンクが融資 まず2500億円規模」
・中央銀行のドル供給:大和総研「中央銀行間ドルスワップ」(2020年6月)/野村総合研究所「ドル下落とドル調達難のダブルパンチが日本の金融機関の大きな脅威」
・5,500億ドルの枠組み:野村総合研究所「『対米投資5500億ドルで米国が9割の利益を得る』の意味は未だ不透明」/SOMPOインスティチュート・プラス「日米関税合意における5,500億ドル投資スキームの評価」
・ドル調達の難しさ:日本経済新聞「対米投資、巨額のドル調達は難路 メガバンクが政府に支援要請」/東洋経済オンライン「3メガが『対米投融資』に二の足、ドル調達が深刻な問題に」
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