稼いだお金が、日本に帰ってこない。過去最大の黒字なのに円安が進む理由を調べてみた
8月10日、財務省が上半期の国際収支を発表した。経常黒字は17兆4,292億円で、過去最大だという。
なのに、円は安くなっている。
ふつうに考えるとおかしい。たくさん稼いだ国の通貨は、買われるはずだ。
気になったので、中身を調べてみた。
1. 過去最大の黒字なのに、円は売られている
まず、発表された数字から。
比較できる1996年以降で、上半期として過去最大
輸出も59兆1,929億円(+12.8%)で、半導体・電子部品は+41.1%
貿易収支も5年ぶりに黒字に戻った。7,421億円。前年同期は1兆4,636億円の赤字だったので、2兆円以上の改善になる。
数字だけ見れば、絵に描いたような好調だ。
ところが、同じ半年で為替はこう動いた。
これは約40年ぶりの円安水準
→ 稼いでいるのに、通貨は売られている
教科書どおりなら、逆になるはずだ。輸出で稼げば、その代金を円に替える動きが出て、円が買われる。
でも、そうなっていない。
2. 黒字の中身を見たら、答えが書いてあった
経常収支は、4つの合計でできている。内訳を並べたら、すぐに分かった。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 貿易収支 | +7,421億円 |
| サービス収支 | 赤字(旅行の収入が減って拡大) |
| 第一次所得収支 | +20兆4,914億円 |
| 第二次所得収支 | ▲1兆9,821億円 |
おかしなことに気づく。
経常黒字は17.4兆円。でも第一次所得収支だけで20.5兆円ある。
黒字を作っているのは、貿易ではなかった。
輸出が好調なのは本当だけれど、貿易の黒字は7,421億円。第一次所得収支の28分の1しかない。
日本の稼ぎは、もう「モノを売ること」ではなくなっている。
3. 第一次所得収支とは、なんなのか
聞き慣れない言葉なので、ここは丁寧に見ていく。
働いて得たお金ではなく、持っているから入ってくるお金
中身は、大きく3つに分けられる。
② 外国の債券や株から入る利子・配当
③ 海外で働いた人が受け取る報酬
いちばん大きいのは①だ。トヨタもソニーも、いまは海外で作って海外で売っている。その現地法人が稼いだ利益が、日本の親会社に配当として渡る。
わたしたちの家計で言えば、こうなる。
第一次所得収支 … 持っている株や不動産から入る配当・家賃
→ 日本はいま、給料より配当のほうがはるかに多い家になっている
日本は「働いて稼ぐ国」から「持っていて稼ぐ国」に変わった。そう言われる理由が、この数字だった。
4. なぜ、稼いだお金が円に戻らないのか
ここが、いちばん知りたかったところだ。
貿易で稼いだドルは、円に替えられる。日本国内の工場で作って輸出したなら、受け取ったドルを円に替えて、国内の給料や仕入れを払う必要があるからだ。
でも、海外子会社の利益は違った。
帳簿の上では日本に入っているが、お金そのものは動いていない。
現地で稼いだドルは、現地の工場や設備に回される。そのほうが合理的だからだ。わざわざ円に替えて日本に持ち帰り、また使うときにドルに戻すのは、手間も為替の損も大きい。
そして、統計にはそれ専用のしくみがあった。再投資収益という。
① 第一次所得収支に「受け取った」と計上
② 同時に金融収支に「投資した」と同額を計上
→ 一度もらって、すぐ投資し直したとみなすという処理
日本銀行の説明では、こう書かれている。
一旦配分された後、直ちに再投資されたものとみなして計上する
受け取ってもいないし、投資し直してもいない。現地に置いたままなのに、統計の上では2回動いたことになっている。
円が買われないのは当然だった。円に替える場面が、そもそも少ない。
厳密には、まったく動かないわけではない。現地の子会社が日本から機械や部品を買えば、そのぶんは円が買われる。技術の使用料を日本の親会社に払う形もある。
ただ、大半は現地の工場や人に使われる。日本へ実際に戻ってくるお金は、統計に載る金額よりずっと小さい。
もうひとつある。そもそも、円が買われる場面が少ない。
会社が外国に工場や子会社をつくることを、直接投資という。これには、出ていく側と入ってくる側がある。
→ 円を売ってドルを買うので、円安の方向に働く
入ってくる … TSMCが熊本に工場をつくる
→ 外貨を売って円を買うので、円高の方向に働く
この2つの量が、まったく釣り合っていない。
OECD加盟38か国の平均は67%。日本はその38か国で最下位
→ 出ていく円はあるのに、入ってくる円がほとんどない
TSMCの熊本工場は大きなニュースになった。でも、あれくらいのことがめったに起きないというのが、この数字の意味だ。
理由は、誘致がへただからというだけではないらしい。日本市場そのものが伸びると思われていないこと、参入のハードルが高いことなど、構造的な事情が挙げられている。
政府も問題だと考えていて、2030年までに80兆円(GDP比12%)に増やすという目標を立てている。裏を返せば、いまはそこまで届いていないということでもある。
黒字なのに円安、という矛盾の正体はここだった。統計が測っているのは稼ぎで、為替を動かすのは実際の売り買い。この2つが、ずれている。
5. 第一次所得収支には、出ていく側もあった
ここまで、第一次所得収支を日本に入ってくるお金として書いてきた。でも、それだけではなかった。
気づいたのは、6月の数字を見たときだ。6月単月の経常収支は、▲923億円の赤字。17か月ぶりだった。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 経常収支 | ▲923億円(17か月ぶりの赤字) |
| 第一次所得収支 | 3,801億円(前年同月比▲1兆648億円) |
上半期で20兆円あった第一次所得収支が、6月は3,801億円しかない。前年の同じ月と比べると、73.7%減だ。
理由を見て、目が留まった。
海外から日本株への投資が活発だったぶん、出ていく配当も増えた
→ 第一次所得収支は、受け取りから支払いを引いた残りだった
そういうことか、と思った。
日本企業の株を、海外の投資家も持っている。その人たちへ払う配当は、日本から出ていくお金だ。第一次所得収支は、受け取る分から、この出ていく分を引いた残りを示している。
そして、日本企業の配当は3月期決算の会社が6月に支払うものが多い。6月は、もともと出ていく側が膨らむ月だった。
ここで、4章の話とつながる。TSMCが熊本に工場をつくれば、そのときは円が買われる。でも、その会社が利益を出せば、今度は毎年、配当を海外へ払い続けることになる。
その後、利益から配当が出る → 毎年、円が売られる
→ 一度きりの円買いと、続いていく円売り
ただし、外国の会社に来てほしくないという話ではない。工場ができれば雇用も税収も生まれるし、そこで作ったものを輸出すれば貿易収支の側に乗る。出ていく配当は、そのうちの一項目にすぎない。
同じ数字でも、切り取りかたで逆に見える。上半期は過去最大の黒字なのに、6月だけは赤字。海外からの投資は、円買いにも円売りにもなる。
6. この傾向は、これからも続くのか
いちばん気になるところだけれど、わたしには分からない。
分からないなりに、続きやすい理由と、変わりうる理由を並べてみた。
| 続きやすい理由 | 変わりうる理由 |
|---|---|
| 国内市場が縮むので、企業の海外進出は構造的 | 日米の金利差が縮めば、円に戻す動きが出る |
| 現地で再投資したほうが企業にとって合理的 | 円安が行きすぎれば、国内で作る動機が生まれる |
| 対日投資が少ない状況は、すぐには変わらない | 政策しだいで変わりうる。ただし配当を戻すと税を軽くする仕組みは2009年からあるのに、まだ戻っていない |
左を見ると続きそうだし、右を見ると変わりそうだ。どちらも、それらしく見える。
どちらに転ぶかは、わたしには読めない。
7. だから、備える側に置く
読めないなら、どうするか。当てにいかないで、どちらに転んでもいいようにしておく。
これは、わたしがずっと書いてきたことでもある。
円高に戻れば、円で持っている分は目減りしない
→ どちらが来ても、片方は残るという形にしておく
当てるための分散ではない。当てられないから分散する。目的が逆だ。
実際、円が163.99円から157.85円へ動いたときは、外貨建て約4,100万円が1日で約154万円目減りした(米雇用統計の記事に書いた)。
円高でも円安でも、どちらかが痛む。それが分けておくということだと思っている。
8. わたしの場合は、ほとんど円とドルだ
正直に書いておく。わたしの分散は、そんなに立派なものではない。
ドル … S&P500、オルカン、外国債券
→ オルカンに他の通貨も入ってはいるが、実質は円とドルの2軸
「世界中に分散しています」とは、とても言えない。
それでも、いまはこれでいいと思っている。
わたしが暮らしているのは日本で、仕事の報酬も円で受け取っている。だから、円がゼロでは困る。
いっぽうで、円だけで持つリスクも書いてきたとおりで、円だけというのも怖い。
その2つを分けてあるなら、いまの自分にはひとまず足りている。通貨をもっと細かく分けることもできるけれど、そこまで手を広げる理由が、いまは見つかっていない。
9. 「戻ってこないお金」の一部は、わたしだった
ここまで書いて、気づいたことがある。
海外で稼いで、円に戻さないお金。この記事はずっとその話をしてきた。
配当や分配金も、円に替えずに再投資される
→ つまりわたしも、円に戻していない側にいる
規模はまったく違うけれど、やっていることは同じだった。
海外で増えたお金を、円に替えずにそのまま置いておく。そのほうが合理的だから。企業がやっていることを、わたしも小さくやっている。
円安を「困ったこと」として読んでいたけれど、わたしはその流れの内側にいた。
この記事は、ニュースの解説であると同時に、自分の説明でもあった。
10. まとめ
- 2026年上半期の経常黒字は17兆4,292億円(前年同期比+22.5%)で、比較できる1996年以降の上半期として過去最大
- 輸出も59兆1,929億円(+12.8%)で好調。半導体・電子部品は+41.1%、貿易収支も5年ぶりに黒字(7,421億円)
- それなのに同じ半年で円は売られ、7月24日に163.99円と約40年ぶりの円安水準をつけた
- 黒字の中身を見たら答えがあった。第一次所得収支だけで20兆4,914億円。経常黒字17.4兆円より大きい
- つまり黒字を作っているのは貿易ではない。貿易の黒字7,421億円は、第一次所得収支の28分の1しかない
- 第一次所得収支とは、日本が海外に持っている財産から生まれた稼ぎ。働いて得たお金ではなく、持っているから入ってくるお金
- 中身は①海外子会社からの配当 ②外国の債券や株の利子・配当 ③海外で働いた人の報酬の3つで、いちばん大きいのは①
- 家計にたとえると、貿易収支=給料、第一次所得収支=配当や家賃。日本はいま給料より配当のほうがはるかに多い家になっている
- ここからが本題。海外子会社の利益は、円に替えられない。統計では日本の黒字に計上されるが、お金そのものは現地に残って再投資される
- わざわざ円に替えて持ち帰り、使うときにドルへ戻すのは手間も為替の損も大きいから、現地に置くほうが合理的
- 統計にはそれ専用のしくみがあった。再投資収益という。子会社が利益を現地に残すと、第一次所得収支に「受け取った」と計上し、同時に金融収支へ同額を「投資した」と計上する
- 日銀の説明では「一旦配分された後、直ちに再投資されたものとみなして計上する」。受け取ってもいないし、投資し直してもいないのに、統計上は2回動いたことになる
- つまり円が買われないのは当然だった。円に替える場面がそもそも少ない
- まったく動かないわけではない。現地の子会社が日本から機械や部品を買えば、そのぶんは円が買われる。ただし大半は現地の工場や人に使われる
- さらに円が買われる場面そのものが少ない。トヨタがアメリカに工場をつくれば円安方向、TSMCが熊本につくれば円高方向に働くが、この2つの量が釣り合っていない
- 日本に入ってきている直接投資の残高はGDPの5〜8%ほど。OECD38か国の平均67%に対して最下位。政府は2030年までに80兆円(GDP比12%)を目標にしている
- 理由は誘致がへただからだけではなく、日本市場そのものが伸びると思われていないこと、参入のハードルが高いことなど構造的な事情も挙げられている
- 統計が測っているのは「稼ぎ」で、為替を動かすのは「実際の売り買い」。この2つがずれているのが、黒字なのに円安の正体だった
- 6月単月を見ると▲923億円の赤字で17か月ぶり。第一次所得収支は3,801億円しかなく、前年同月比73.7%減だった
- 理由は日本企業から海外の投資家へ支払う配当が増えたこと。つまり第一次所得収支は、受け取りから支払いを引いた残りだった。入ってくるだけの話ではない
- 日本企業の配当は3月期決算の会社が6月に払うものが多く、6月はもともと出ていく側が膨らむ月
- ここが4章とつながる。TSMCが熊本に来れば、そのときは円が買われる。でも利益が出れば今度は毎年、配当を海外へ払い続ける
- つまり一度きりの円買いと、続いていく円売り。入ってくるお金には、出ていく約束がついてくる
- ただし外国の会社に来てほしくないという話ではない。工場ができれば雇用も税収も生まれ、輸出すれば貿易収支の側に乗る。出ていく配当は一項目にすぎない
- ひとつの数字だけを見ると、逆の絵が出てくる。上半期は過去最大の黒字なのに6月だけは赤字だったのと、同じこと
- この傾向が続くかはわたしには分からない。企業の海外進出が構造的な点は続きやすいが、日米の金利差や政策で変わりうる。ただし配当を戻すと税を軽くする仕組みは2009年からあるのに、まだ戻っていない
- 当てるための分散ではない。当てられないから分散する。円安なら外貨建てが増え、円高なら円で持っている分が目減りしない形にしておく
- 実際、163.99円から157.85円へ動いたときは外貨建て約4,100万円が1日で約154万円目減りした。どちらに動いても、片方は痛む
- わたしの通貨は円(日本株・生活防衛資金)とドル(S&P500・オルカン・外国債券)の2軸だけ。オルカンに他の通貨も入ってはいるが、実質はこの2つ
- 「世界中に分散しています」とは言えない。それでも、暮らしも仕事の報酬も円なので、いまの自分にはひとまず足りていると思っている
- 最後に気づいたのは、「円に戻ってこないお金」にわたし自身も入っているということ。評価益も配当も、ドルのまま置いてある
- 規模はまったく違うけれど、企業がやっていることを、自分も小さくやっていた。円安を他人事として読んではいられなかった
・6月単月の国際収支:財務省「令和8年6月中 国際収支状況(速報)の概要」
・過去最大の位置づけ:時事通信「26年上半期の経常黒字、過去最大 17.4兆円、半導体輸出好調」
・対内直接投資の水準:ニッセイ基礎研究所「対内直接投資倍増は実現できるのか」/内閣府対日直接投資推進室「対日直接投資の現状」
・統計の用語:財務省「用語の解説」/日本銀行「国際収支関連統計の解説」
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