食料品の消費税が2年だけ実質ゼロに。期間限定の減税って、本当に効くの?
高市首相が、食料品の消費税を2027年4月から1%に引き下げる方針を表明した。しかも残り1%分は給付で埋めて「実質ゼロ」にするという。
物価が上がり続けているなかで、素直にありがたい話だと思う。わたしの生活費は月15万円で、そのうち食費が3万円。安くなるなら効く。
ただ、ニュースを読んでいて引っかかった一行があった。
2年間の限定。
そこで気になった。期間限定の減税って、そもそも効くのだろうか。
調べてみたら、ドイツもイギリスも同じことをやっていた。そして日本政府自身が、やる前から課題をまとめた資料を作っていた。かなり面白かったので、順番に書いていく。
1. 何が決まりそうなのか
まず、正確なところから。
まだ決定ではなく、これから党内をまとめて、法案を通す段階だ。
2. なぜ「期間限定」なのか。実は、理屈がある
わたしは最初、「どうせなら恒久的に下げればいいのに」と思った。でも経済学の理屈としては、逆だった。
イギリスは2008年12月から13か月間だけ、消費税にあたる付加価値税を17.5%から15%に下げている。リーマン・ショック後の景気対策で、200億ポンドの財政出動の一部だった。
このとき狙われていたのは、こういう効果だ。
今年だけ安いなら:来年より今年のほうが得なので、買い物を前倒ししたくなる
→ つまり「いま買え」というスイッチになる
経済の言葉では「異時点間の代替」というけれど、要するにセールの最終日と同じ理屈だ。「今日までです」と言われるから、今日行く。
そして、財布に入る金額そのものは大して変わらない。生涯で使えるお金が2年間の減税でガラッと増えるわけではないからだ。期間限定減税の狙いは、お金を増やすことではなく、タイミングを動かすことにある。
ここまでは、なるほどと思った。問題は、この理屈が現実に成り立つかどうかだった。
3. そもそも、本当に値下げされるのか
これが第一の関門だった。税率が下がっても、お店が値札を下げなければ、消費者には1円も届かない。
ドイツは2020年7月から12月まで、6か月だけ付加価値税を19%→16%に下げている(軽減税率は7%→5%)。コロナ対策として1,300億ユーロ規模の対策の一部で、この減税だけで200億ユーロ、GDPの0.6%にあたる規模だった。
そして、この6か月は格好の実験場になった。研究者たちが、実際にいくら値下げされたかを調べている。
ミュンヘン大学のチームが、ドイツとフランスの約23,000のガソリンスタンドの全価格変更データを使って調べた結果が、これだ。
| だれが買うか | 客に返った | 店に残った |
|---|---|---|
| 軽油 毎日長い距離を走る人。1円でも安い店を探す |
83円 | 17円 |
| 安いほうのガソリン そこそこ値段を見る人 |
61円 | 39円 |
| 高いほうのガソリン 値段をあまり見比べない人 |
40円 | 60円 |
この差は、何で決まったのか。研究チームの解釈は、こうだ。
軽油を入れるのは、毎日長い距離を走る人が多い。ガソリン代にシビアで、1円でも安いスタンドを探す。だから店は値下げしないと客を取られる。
一方、高いほうのガソリンを入れる人は、価格をあまり見比べない。だから店は、値下げしなくても客が逃げない。
そして実際に、そのぶんは店に残っていた。お店のもうけは、軽油では0.7%しか増えていないのに、ガソリンでは10〜12%増えている。減税されたお金が、どこへ行ったのかがはっきり出ている。
これはガソリンの話だけれど、スーパーの店頭でも同じだった。ドイツの研究機関CESifoの報告によると、店頭価格の下げ幅は減税分の7割ほどにとどまっている。
つまり、税率が下がった分が、まるごと値札に反映されるとは限らない。
4. で、結局、効果はあったのか
値下げが届くかどうかは分かった。でも、いちばん知りたいのはここだった。それで消費は増えたのか。
イギリスの13か月の減税については、きちんと検証した研究がある。IFS(英財政研究所)のクロスリーらの評価だ。
支出全体でみると0.4%の増加
ただし押し上げた中身は、買い物を前倒しさせたこと
→ そして減税が終わったあと、販売は大きく落ち込んだ
ドイツのほうも、家電・家具・車といった高額な耐久財で一時的に伸びたと評価されている。高いものほど「今年のうちに買っておこう」が働きやすいから、これも理屈どおりだ。
つまり、2章に書いた「セールの最終日」の理屈は、実際に成り立っていた。
ただ、セールが終われば客足が引くのも同じだった。
新しく買い物が生まれたわけではなく、来年買うはずだったものを今年買った。景気を支えたい局面では、それでも意味がある。でも、将来から前借りしていることは覚えておきたい。
5. もっと厄介なのは、元に戻すとき
4章で見たのは、需要の落ち込みの話だった。ここで書くのは、値段そのものの話。
ここが、いちばん驚いたところだった。
下げるときは渋いのに、上げるときはしっかり上げる。
日本政府の実務者会議に呼ばれた専門家たちが、まさにこの点を指摘している。内閣官房がまとめた資料に、こう書いてある。
これは日本だけの話ではなく、研究でも確認されている傾向で、価格は増税に対して、減税に対する2倍ほど反応するという報告がある。
考えてみれば、そうなるのも分かる。値下げは自分の利益を削るから渋る。値上げは「税金が上がったので」という説明がつくから、通しやすい。
そして、戻すときにはもう一つ理由がつく。同じ資料には、こんな指摘もあった。
さまざまな原価が上昇しているなかで、システム改修のコスト転嫁もあるので、本体価格そのものが上昇し、期待されているほど物価が下がらない可能性がある
減税のときに乗った事務コストが、戻すときの値上げに上乗せされる。 2年後には、税率だけでなく、この分も乗ってくる可能性がある。
6. 日本でやると、何が起きるのか
同じ資料には、小売業界やシステムメーカーへのヒアリング結果が載っている。ここが、いちばん生々しかった。
法改正のあと、詳細が確定してから最低1年は必要という声
費用は1社あたり数百万円から数千万円、大きいところは約1億円
0時の税率切り替えに合わせた深夜の人員確保、接客マニュアル、従業員教育も必要
→ 「2年間の時限措置は社会的なコストが大きい」という意見が出ている
しかも、これを2回やる。2027年4月の引き下げと、2年後の引き上げで。
(ただし「税率1%なら3か月で対応できる」「5〜6か月」という声もあった。ゼロにするより1%のほうが、システム上は楽らしい。1%という中途半端な数字には、そういう理由もあるようだ)
そして、思わず唸った指摘がもう一つ。
食料品消費税率ゼロは、高所得者の方が減税額が大きくなる
言われてみれば当たり前で、食費の金額そのものは、収入が多い人のほうが大きい。だから減る税額も大きい。だから今回、残り1%分は「中低所得者向けの給付」という形になっている。減税だけでは、届いてほしい人に多く届かないからだ。
そして、もう一つ大事なこと
4章でイギリスやドイツの結果を見たけれど、あれをそのまま日本に当てはめてはいけないらしい。財務省の研究所が出している論文に、こんな数字があった。
日本(過去3回の平均):−4.4%ポイント
→ 日本は7倍以上ふらついている(IMF・2018年)
なぜ欧州は揺れないのか。同じ論文が理由を挙げている。価格転嫁が税率分の7割程度にとどまること、そして軽減税率があるので、標準税率の対象は消費全体の65%前後しかないこと。だからそもそも価格が大きく動かず、経済も揺れない。
つまり欧州の結果は、「効果は小さいが、害も小さい」ということなのだ。
日本は、そうではない。 消費税の上げ下げに、はるかに敏感に反応してきた国だ。ということは、減税の効果も、2年後に戻すときの反動も、欧州の事例より大きく出る可能性がある。
「ドイツでは大したことなかったから、日本でも大丈夫」とは言えない、ということだった。
7. そのお金は、どこから来るのか
投資ブログとして、ここは飛ばせない。
同じ資料に、債券市場の関係者からのコメントが載っていた。ここが、いちばん背筋が伸びた。
・財源が具体化されない場合は、市場が反応して金利が上昇するおそれがある
・2年後に税率を戻すことが困難という見立てになれば、市場は二重の財政負担を懸念する
・エネルギー補助金、国債の利払い、防衛費でも歳出拡大が見込まれている
これは、昨日書いたアメリカの記事とまったく同じ構造だ。
あちらでは、FRBが金利を据え置いたのに長期金利が上がった。市場が「インフレ退治が遅れる」と読んだからだった。日本でも、財源のあてがはっきりしなければ、長い金利が上がる。
長い金利が上がると、住宅ローンにも、国の利払いにも、そして債券にも効いてくる。
食卓の話が、そのまま金利の話につながっている。 ここが、今回いちばん学びになった部分だった。
8. で、わたしはどうするか
長々と書いたけれど、やることは短い。
当てにしない。
理由は、ここまで書いてきたとおりだ。
- どれだけ安くなるか分からない(ドイツでは40〜83%とバラバラだった)
- 効果があったとしても、それは前借りだった(イギリスでは終了後に落ち込んだ)
- 2年で終わる。しかも戻すときの値上げのほうが大きい傾向がある
- 日本は、上げ下げへの反応が欧州の7倍。戻すときの揺れも大きく出やすい
FIREやサイドFIREの計算に、この減税を入れてはいけないのも同じ理由だ。必要資産=年間生活費×25という計算に、2年しか続かない数字を入れると、そのまま2年後に穴が空く。
そして、これは減税だけの話ではないと思っている。
たまたま単価が良かった年の収入も、上がった相場の含み益も、形はまったく同じだ。一時的に増えたものを、恒久的なものとして数えた瞬間に、計算が狂う。
フリーランスの収入でも、暴落のときでも、結局わたしが学んだのは同じことだった。いちばん危ないのは、一時的な余裕を、平常運転だと勘違いすること。
9. まとめ
- 食料品の消費税を2027年4月から1%へ。残り1%分は給付で「実質ゼロ」に。ただし2年間の限定
- 期間限定にも理屈はある。「今年だけ安い」はセールの最終日と同じで、買い物を前倒しさせるスイッチになる
- ただし税率が下がっても、値札が下がるとは限らない。ドイツでは、減税分のうち軽油は83%、高いガソリンは40%しか届かず、残りはお店のもうけ(+10〜12%)になった。スーパーの店頭でも7割どまり
- 分かれ目は「お客さんが値段に厳しいかどうか」だった
- 効果はあった。イギリスでは小売の販売数量を約1%押し上げた。ただし中身は買い物の前倒しで、減税が終わったあとは落ち込んだ。増やしたというより、将来から前借りしたに近い
- そして戻すときのほうが値上げは大きい。日本政府の資料も、諸外国の傾向としてはっきり書いている
- 現場の負担も重い。POS改修だけで9〜11.5か月、1社あたり数百万〜約1億円。しかも2回。「2年間の時限措置は社会的なコストが大きい」という声も
- 食料品の減税は、高所得者のほうが減税額が大きい。だから残り1%分は給付という形になっている
- ただし欧州の結果を日本にそのまま当てはめてはいけない。消費税を上げたときの消費の落ち込みは、OECD平均−0.6%ポイントに対し、日本は−4.4%ポイント。日本は7倍以上ふらつく
- 財源は年間5兆円規模。政府の資料には、財源が具体化されなければ市場が反応して金利が上昇するおそれ、という市場関係者の指摘が載っている
- だから当てにしない。生活費の前提を書き換えず、浮いた分はなかったことにして積み立てる。2年で終わる収入で、終わらない支出を作らない
・課題の整理・システム改修・財源と金利(一次情報):内閣官房「『食料品消費税率ゼロ』実現に向けた課題の整理(ヒアリング結果概要)」(PDF)
・軽減税率の対象範囲(一次情報):財務省「軽減税率制度の対象品目」(PDF)
・ドイツの価格転嫁の実証研究:Montag, Sagimuldina & Schnitzer (2020)「Are temporary value-added tax reductions passed on to consumers?」
・スーパー店頭の下げ幅:日本経済新聞「消費税減税で食品は8%分安くなるのか ドイツは税率下げ分の7割どまり」
・欧州と日本の反応の違い(IMFの数値を含む):財務省 財務総合政策研究所 小巻泰之「欧州における付加価値税率変更の経済効果」(PDF)
・イギリスの一時減税と効果検証:Institute for Fiscal Studies「The economics of a temporary VAT cut」
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