「残クレで家が買える」時代が来た。月20万円で1億円、軽くしたぶんはどこへ消えたのか
「1億円の家を、月20万円で買う」。そんな記事が話題になっている。世帯年収1,800万円の30歳の息子が「残クレ住宅ローン」で都内の1億円のマンションを買うと言い、60歳の父が止める、という話だ。親子は作り話だけれど、商品は本物だ。住信SBIネット銀行(8月にドコモSMTBネット銀行に名前が変わった)が今年6月に、家の値段の半分を35年間払わずに置いておいて、最後にまとめて払う住宅ローンを始めた。国も、この型のローンを広げようとしている。こう思った人も、いるはずだ。
😤「銀行が審査を通すなら、安全でしょ」
🚗「車の残クレと同じでしょ? みんな使ってる」
🤔「そもそも、残クレって何?」
わたしは家を買わない。いずれ帰るつもりの十勝でも、買う予定はない。いまは家賃7万円の賃貸で、ローンはひとつもない。
結論から言うと、わたしは残クレを使わない。車でも、家でもだ。理由は、見る数字が2つあるから。「月々いくら払うか」と「全部でいくら払うか」。残クレは月々だけを軽くする道具で、軽くしたぶんは消えない。①利息が増える、②最後にまとめて払う、③家や車を手放す、の3つのどこかに必ず移る。
順番に見ていく。
1. そもそも「残クレ」とは。300万円の車で仕組みを見る
まず、4つ目の声から。「残クレって何?」。その前に、ふつうのローンから。この章は、ずっと同じ300万円の車の話で進める。借りたお金には「利息」(借りる代金)がつく。その割合を金利と呼ぶ。この章では金利を年5%(残クレの相場、りそな銀行の説明で3〜5%前後)としておく。
月々5万6,600円。300万円÷60か月の5万円に、利息6,600円が乗った額
5年で払う利息の合計 39万7,000円
5年たてば、返し終わり。車は自分のもの
残クレは、ここに1つ工夫を入れる。「この車は、5年後でも100万円くらいで下取りできる。だったら、その100万円ぶんは、いま払わなくていい。残りの200万円だけを5年で返して」。この「5年後の下取りの想定額」を残価と呼ぶ。残価設定型クレジット、略して残クレ。
残りの200万円を5年で返す。月々4万1,900円。200万円÷60か月の3万3,300円に、利息8,600円が乗った額。利息が上の6,600円より多い理由は、すぐ下で
5年後に、3つから選ぶ ①100万円を払って乗り続ける ②車を返して終わり(0円) ③車を返して、新しい車に乗り換える
月々が5万6,600円から4万1,900円になる。1万4,700円軽い。これが残クレの売り文句だ。
ここが、残クレのいちばん見えにくいところだ。月々で返しているのは200万円のほう。でも、最後に回した100万円も、車を買った日に販売店が立て替えてくれたお金だ。払っていないだけで、5年間ずっと借りている。借りているお金には、返すまでずっと利息がつく。つまり利息は、月々返している200万円にも、最後に回した100万円にも、両方にかかる。りそな銀行の説明にも、残クレの利息は「残価を含む車両価格全体」、この例なら300万円全部に対して計算される、とある。
その結果、同じ300万円の車で、利息はこう変わる。
残クレ 月々4万1,900円。利息の合計51万5,000円。最後に100万円(または車を返す)
月々は1万4,700円軽い。そのかわり、利息は11万8,000円多く、最後に100万円が待っている
月々が軽くなった1万4,700円は、消えていない。5年分を足すと88万2,000円。これに増えた利息11万8,000円を足すと、ちょうど最後の100万円になる。軽くしたぶんは、最後の100万円と増えた利息に、そのまま移っただけだ。残クレは、月々だけを軽くする道具なのだ。
本物の広告も、同じ形をしている。ホンダの公式サイトに載っている支払い例では、193万円の車が「月々8,700円」。ただし同じページの中に、頭金の19万円、ボーナス月の6万円が10回、最終回の80万6,380円がある。5年の総額は、乗り続けるなら212万円、車を返すなら131万円。広告で大きく書いてあるのは、月々だけだ。
車の残クレには、ひとつ救いがある。最後の残価は、契約のときに決まっていて、条件を守れば車を返して0円にできる(ホンダの例なら、月に1,000km以内で、キズなどの減点が100点以内)。5年後に車の値段が思ったより下がっていても、その損は販売店が持つ。残価が保証されている。ここを覚えておいてほしい。家の残クレには、これがない。
2. 同じ仕組みが、家に来た
3つ目の声、「車の残クレと同じでしょ?」。半分は同じで、半分は違う。
住信SBIネット銀行が6月1日に始めた商品の名前は「期日一括返済併用型住宅ローン」。長いので、この記事では「家の残クレ」と呼ぶ。中身は、プレスリリースに書いてある。
金利(利息の割合) ふつうの住宅ローンに0.35%上乗せ
借りられる人 前の年の年収1,000万円以上(夫婦などで2本に分けて借りるペアローンなら、どちらか一方が1,000万円以上でよい)
対象 東京23区・横浜市・川崎市・大阪市の、評価額1億円以上のマンション
期間 最長35年。事務手数料(借りるときに銀行に払う費用)は借入額の2.2%。1億円なら220万円
注意書き 「将来の物件価格を保証するものではございません。お借入金額は返済期日までに全額ご返済いただく必要があります」(=家の将来の値段は保証しない。借りたお金は期日までに全部返すこと)
車と同じところは、「一部を最後に回して、月々を軽くする」仕組み。車は300万円のうち100万円、家は評価額の半分だ。違うところは、最後の注意書きだ。車の残クレなら、5年後に車を返せば、残価の100万円は払わなくていい。家の残クレは、そうならない。35年後に、据え置いた5,000万円(1億円の半分)を、家を売ったお金で返す。話題の記事はそう説明している。けれど、家がいくらで売れるかを、銀行は保証しない。5,000万円で売れなければ、足りないぶんは自分で払う。
しかも、これは1つの銀行の思いつきではない。去年12月の日経によると、国土交通省がこの型のローンの普及を後押しし、住宅金融支援機構が、貸した銀行が損をしたときの保険を用意する。銀行が安心して貸せるように、国が後ろに立つ形だ。家の値段が高くなりすぎて、ふつうのローンでは手が届かない人に、月々を軽くして届かせる、という狙いだ。銀行はこれまでも、月々を軽くする道具を増やしてきた。返す期間を35年から50年に延ばす「50年ローン」。夫婦がそれぞれ借りて、2人の収入で返す「ペアローン」。そこに3つ目の道具として、家の残クレが加わった。
3. 月々いくらと、全部でいくらを並べる
1つ目の声、「月々20万円なら、1億円でも買えるじゃん」。ここで、2つの数字を並べる。1億円を35年で借りた場合だ。家のローンの金利は車より低いので、話題の記事が使った年1%で計算する。
月々は、7万6,000円軽くなる。35年かけて軽くした合計は、7万6,000円 × 420か月で3,192万円。この3,192万円は消えず、30歳で借りた人が65歳のときの5,000万円に移る。増えた利息1,783万円を足すと、3,192万円 + 1,783万円 = 4,975万円で、ほぼ5,000万円。300万円の車と、まったく同じ形だ。月々を軽くしたぶんは、最後にまとめて来るぶんと、増えた利息に移っている。月々だけを見ていると、これが見えない。
9月5日の記事では、別の例で50年ローンを計算した。5,000万円を借りて、返す期間を35年から50年に延ばすと、月々は3万2,600円軽くなり、利息は625万円増えた。今回の家の残クレは、借りる額が1億円と大きいこともあるけれど、利息が1,783万円増え、そのうえ最後にまとめ払いがある。月々を軽くする道具ほど、全部で払う額は重くなる。
4. 「銀行が通すなら安全」への答え
2つ目の声、「銀行が審査を通すなら、安全でしょ」。話題の記事の父は、こう答えている。銀行が見ているのは「いまの物件の担保価値」(銀行が見た、いまの家の値段)と「いまの返済能力」で、35年後の売値を保証してくれるわけではない。損が出たとき、それを持つのは、銀行ではなく借りた本人だ。
わたしも、そのとおりだと思う。理由は、銀行自身がそう書いているからだ。商品説明の注意書きに、「将来の物件価格を保証するものではございません」とある。対象を東京23区などの都心と、銀行が見た値段で1億円以上のマンションに絞っているのも、借りる人を守るためというより、35年後に売れずに回収できなくなる危険を、銀行の側が減らすためだろう。話題の記事も、これを「銀行側の防衛策」と呼んでいた。
「売らずに住み続ければいい」と思うかもしれない。銀行の商品ページには、たしかに「継続居住か住み替え(売却)の選択が可能」と書いてある。ただ、住み続けるにも、5,000万円は払う。35年後の出口を並べると、こうなる。
5,000万円以上で売れれば、返して終わり。余りは手元に残る
3,500万円でしか売れなければ、家を手放したうえで、1,500万円の借金が残る
65歳のときに、5,000万円を手元から出す
65歳から組めるのは、多くの銀行で「80歳未満に返し終わる」最長15年ほど。5,000万円を15年・金利1%で借り直すと、月々約30万円。年金が主な収入になってから、審査に通るかは別の話
「みんな使ってる」については、車の残クレは新車を買う方法のひとつとして広まってはいるけれど、みんなではない。そして家の残クレは、年収1,000万円以上で、都心の1億円以上のマンションを買う人向けに、この6月に始まったばかりだ。
5. わたしは、どう見ているか
わたしは使わないし、すすめもしない。理由は3つ。
利息が増えるか、最後にまとめて来るか、家や車を手放すか。3つのどれかに移るだけで、全部で払う額は軽くならない
わたしは為替も株価も読まない。35年後の家の値段は、なおさら読めない。読めない値段を、35年後の自分に押しつけたくない
「月々払えるか」と「全部払えるか」は、別の話だ。わたしは、利息も最後のまとめ払いも全部足した総額を見て、払えるものだけを買う
J・ルーベン・クラーク(1938年4月の講話)
アメリカの弁護士で、政府や教会の要職についた人の言葉だ。この講話はこう続く。借金をすれば、利息は昼も夜も、1分たりとも離れない道連れになる、と。
わたしは、この「休まない利息」を、払う側ではなく受け取る側でいたい。だからローンも組まないし、借金もしない。もちろん残クレもやらない。高配当株の配当も、BND(アメリカの債券のETF)の利息も、休まずに入ってくる側に置いてある。同じ利息でも、どちらの側に立つかで、敵にも味方にもなる。
わたしがやることは変わらない。残クレは使わない。オルカン(全世界の株に分散する投資信託)の積立は同じ日に同じ額。大きいものを買うときは、月々ではなく、全部でいくら払うかを先に見る。それだけだ。
大きいものは、月々ではなく、全部でいくら払うかで決めています。オルカンの積立も、日本の高配当株119銘柄も、8年以上SBI証券の口座です。積立は、同じ日に同じ額で続きます。
SBI証券の公式サイトを見る →6. まとめ
- 「1億円の家を月20万円で」は作り話でも、商品は本物。住信SBIネット銀行が6月に家の値段の半分を最後にまとめて払う住宅ローンを開始。国も後押し
- 残クレは、数年後の下取り想定額(残価)を最後に回して月々を軽くする仕組み。残価にもずっと利息がかかる。300万円の車で月々1万4,700円軽く、利息11万8,000円多く、最後に100万円
- 車の残クレは残価が保証される。家の残クレは銀行が「将来の物件価格を保証しない」と明記
- 1億円35年で、月々7万6,000円軽く、利息は1,783万円増え、65歳で5,000万円をまとめて払う。軽くした3,192万円は、そこに移るだけ
- 35年後の出口は、売る・自分で払う・借り直す。どれでも5,000万円は消えない。3,500万円でしか売れなければ、借金1,500万円が残る
- わたしは使わない。大きいものは、全部でいくら払うかで決める
・商品:住信SBIネット銀行「メガバンク・ネット銀行初『ハイブリッド型の住宅ローン』をリリース」(2026年6月1日)。担保評価額の50%据え置き、金利上乗せ0.350%、年収1,000万円以上、対象エリアと1億円以上、最長35年、事務手数料2.20%、「将来の物件価格を保証するものではございません」は原文どおり。同行の商品ページに「継続居住か住み替え(売却)の選択が可能」「売却代金のみでは完済できず、自己資金等での返済が必要となる可能性があります」とある
・国の後押し:日本経済新聞「『残クレ』でマイホーム、国が銀行向け保険 新型住宅ローン普及促す」(2025年12月)
・車の残クレ:本田技研工業「残価設定型クレジット」(2026年7月の支払い例、実質年率2.9%、返却条件)、りそな銀行「残クレとは?」(利息は残価を含む車両価格全体に、金利相場3〜5%)
・300万円・1億円の計算:元利均等返済の式でクロちゃん(Claude)に計算してもらった概算。金利は仮の数字。50年ローンの625万円は9月5日の記事
・クラークの言葉:J. Reuben Clark Jr., 1938年4月の末日聖徒イエス・キリスト教会の総大会での講話「Interest never sleeps nor sickens nor dies; it never goes to the hospital; it works on Sundays and holidays...」「Once in debt, interest is your companion every minute of the day and night」。訳はわたし




