債券は本当に必要?——年金・持ち家・働く力という『隠れ債券』で考えてみた
BNDを買い増ししている理由 という記事で、わたしは米国の債券ETFを「守り」というより「気休め」で持っている、と書いた。ポートフォリオの1割以下、少額の債券。
最近、その「債券って自分に必要なんだっけ?」をもう一度考えるきっかけになる話を読んだ。リベ大(両学長)の「学長マガジン」 で紹介されていた、投資界のレジェンド チャールズ・エリス の「債券は例外的にしか必要ない」という考え方だ。この記事は、その学長マガジンの内容を参考にしながら、わたし自身の状況に当てはめて考えてみたものになる。
エリスは『敗者のゲーム』の著者で、米国CFA協会の会長やバンガードの取締役を歴任した、資産運用の世界では知らない人がいないレベルの人物。その彼が「ペーパーアセット(紙の資産)は、基本、株だけでいい」と言っている。
これを読んで、わたしは自分の状況に当てはめて考えてみた。そして「フリーランスで賃貸で国民年金のわたしは、ちょっと事情が違うかもしれない」と思った。今日はその思考の整理を書いてみる。
チャールズ・エリスの「債券は例外」論
エリスが「債券が必要なのは例外的」という根拠は、ざっくり5つある。
特に②の発想が面白い。たとえば年金を月10万円もらえるとして、それを利回り4%の運用で再現しようとすると、10万円×12ヶ月÷4% = 3,000万円 の元本が必要になる。つまり「月10万円の年金がある」というのは、ざっくり 3,000万円分の債券を持っているのと同じ という見方ができる。
エリスは「債券はゴミ」と言っているわけではない。目的に合った比率なら素晴らしい投資対象 とも言っている。ただ「上の5つを考えると、債券が本当に必要な人はそんなに多くないよね?」というのが彼の主張だ。
わたしに当てはめると——「隠れ債券」が会社員より薄い
ここからが本題。この5つを フリーランスで賃貸暮らしで独身のわたし に当てはめると、どうなるか。
並べてみて、はっきりわかったことがある。わたしの「隠れ債券」は、会社員の人よりかなり薄い。
② 年金が薄い
フリーランスの老後試算 でも書いたけれど、わたしは会社員時代のぶんは厚生年金があるものの、フリーランスに転向してからは国民年金だけ。ずっと会社員を続けた人にくらべると、将来もらえる年金額は少なめになる見込みだ。エリスの言う「年金という巨大な債券」が、わたしには会社員ほど分厚くは積まれていない。
③ 持ち家がない
わたしは 東京で家賃7万円の賃貸 暮らし。持ち家はない。「ローンのない持ち家=債券」とすれば、わたしはこの債券をまったく持っていないことになる。
⑤ 労働収入が安定していない
会社員は「ちょっとやそっとではクビにならない」から本人が債券のようなもの、というのがエリスの理屈。でもフリーランスのわたしは違う。映像プロデューサーの仕事 でも書いたとおり、「次の仕事はどこから来るんだろう」という感覚は3年たっても消えていない。わたし自身は、会社員ほど『債券的』ではない。
だから、BNDを少し持っているのは腑に落ちる
こうやって整理すると、BNDを「気休め」で1割以下持っている という自分の選択が、思っていたより腑に落ちた。
エリスの言う「債券が必要なのは例外的」は、たぶん安定雇用の会社員・公務員を念頭に置いた話。年金も厚く、持ち家を買う人も多く、収入も安定している。そういう人は隠れ債券が分厚いから、紙の資産は株だけでいい——というのは納得できる。
でも、フリーランスで・賃貸で・国民年金のわたしは、その前提から外れている。隠れ債券が薄いぶん、ポートフォリオのなかに本物の債券(BND)を少しだけ持っておくのは、自分の状況には合っているんじゃないかと思う。
とはいえ、正直に書くと、わたしはこれを計算して買ったわけじゃない。BNDの記事 で書いたとおり、ヴァンガードのファンだから・気休めだから、という曖昧な理由で持っていただけ。戦略的に選んだのではなく、あとから振り返ったら、たまたま自分の状況に合っていた。それが本当のところだ。
「気休め」と書いてきたけれど、気休めにも、ちゃんと理由があったのかもしれない。
十勝に帰ると、「隠れ債券」がガラッと変わる
ここで、もうひとつ考えたことがある。十勝に帰るかもしれない という計画と、この「隠れ債券」の話は、実はつながっている。
仮にわたしが十勝の実家に帰ったら、まず家賃がまるごと浮く。さらに、地方暮らしでは車が必須になるけれど、実家には車が2台あって1台は使える。本来なら車の購入・維持に月5万円ほどかかるところが、それもかからずに済む。これをエリス式に「債券換算」してみると、けっこうな金額になる。
エリスの考え方では、月の安定収入(またはかからずに済む固定費)を 「月額 × 12ヶ月 ÷ 4%」 で割り戻すと、債券に換算したときの金額になる。これで計算したのが次の表だ。
数字にしてみて、自分でも驚いた。家賃が浮き、車の費用もかからずに済むだけで、債券に換算すると約3,600万円ぶん に相当する。
しかも、これとは別に 年金という隠れ債券 もある。わたしの年金は今のままだと月9万円ほどの見込みで、これも同じ計算式で換算すると 約2,700万円ぶん の債券に相当する(年金は東京にいても十勝に帰っても変わらないけれど)。
つまり、十勝に帰るという選択は、それ自体が「隠れ債券を一気に積み増す」ことに近い。家賃のかからない住まいは、エリスの言う③の持ち家(=債券的資産)そのもの。車や食事といった生活インフラまで含めると、十勝の実家は 生活そのものを下支えしてくれる『大きな隠れ債券』 のように見えてくる。
もちろん、これは 十勝計画① でも書いたとおり、両親に寄りかかる前提の話で、正直、後ろめたさもある。両親が元気でいてくれることが大前提だし、一方的に助けてもらうだけの関係にしたいわけではない。
実家に帰ったら、買い物や病院の送り迎えなど、身の回りの世話はしっかりやるつもりでいる。それは「住まわせてもらう代わり」というより、両親にできるだけ長く健康でいてほしいという思いのほうが大きい。自分で言うのもあれだけれど、わたしが帰ることは、親にとっても自分にとっても、多少はプラスになるんじゃないかと考えている。
ただ「お金の設計」という冷静な視点で見ると、十勝に帰ることは、債券を買い増すのと似た『守りの強化』になる ——という発見があった。だとすると、十勝に帰ったあとは、BNDのような本物の債券はむしろ今より要らなくなるのかもしれない。このあたりは、計画が進むなかでまた考えていきたい。
まとめ
- チャールズ・エリスは「債券が必要なのは例外的」と言う。年金・持ち家・労働収入などの 隠れ債券 があるから
- でも フリーランス・賃貸・国民年金のわたしは、その隠れ債券が会社員より薄い(年金△・持ち家✕・労働収入△)
- だから BNDを1割以下「気休め」で持っている のは、自分の状況には合っていると思える
- 「債券は要る/要らない」に万人共通の答えはない。自分の隠れ債券の量しだい
- そして 十勝に帰る という選択は、家賃ゼロの住まいという大きな隠れ債券を手に入れること。お金の視点でも「守りの強化」になる
債券の話のはずが、最後は十勝の実家の話になった。でも、お金のことを突き詰めて考えると、けっきょく「どう暮らすか」にたどり着くんだなと、書きながら思った。




