金利を上げると、給料は上がるの? アベノミクスの師が「利上げしろ」と言い出した理由を調べてみた
日銀が次にいつ利上げするかに、注目が集まっている。
そんななか、ある見出しが目に入った。「4%に利上げを」アベノミクスの師が警鐘。
え、と思った。アベノミクスは、金融緩和で円安に誘導した政策だ。その理論的支柱だった人が、なぜいま逆のことを言うのだろう。
そして、もうひとつ気になった。金利を上げると、わたしたちの給料は上がるのだろうか。
順番に調べてみたら、今週ずっと追いかけてきたニュースが、ぜんぶ1本につながった。
1. 実質賃金は、いまプラスになっている
まず、前提から。
2025年まで4年連続でマイナスだった実質賃金は、いま5か月連続でプラスになっている。これはニュースで見て知っていた。ただ、「大企業ががんばって給料を上げているからだろう」くらいの理解しかなかった。
調べてみたら、それだけではなかった。
ちなみに、安心はできない。プラスといっても1%台で、4年ぶんのマイナスを取り返したわけではない。しかも足元では原油が上がっている。
2. 実質賃金には、上げ方が2通りしかない
ここは、押さえておくと全部が読めるようになる。
月30万円もらっていても、物価が10%上がれば、買えるものは減る
→ だから上げる方法は2つだけ。分子(給料)を上げるか、分母(物価)を下げるか
そして、いまプラスに転じた決め手は、分母のほうだった。
もちろん、賃上げは実際に起きている。春闘の賃上げ率は2年連続で5%台。満額回答のニュースも、たしかにたくさんあった。分子は、ちゃんと上がっている。
でも、その5%台は2024年からずっと続いている。ここ5か月で急に変わったわけではない。
変わったのは、分母のほうだった。物価の伸びが鈍った。だから同じ賃上げでも、割り算の答えがプラスに反転した。
| ここまでの動き | 動いた? | |
|---|---|---|
| 分子 もらう額 |
5%台の賃上げが 2年続いている |
水準を維持 動いていない |
| 分母 物価 |
伸びが鈍った | ここが動いた |
わたしは「大企業ががんばっているから」だと思っていた。それも半分は合っている。でも、この5か月の反転を作ったのは、物価のほうだった。
だから、原油が上がって物価の伸びがまた大きくなれば、実質賃金は簡単にマイナスへ落ちる。賃上げをがんばっていても、だ。1章で「安心はできない」と書いたのは、そういう意味だった。
分母が効いている。 ここが、このあとの話につながる。
3. アベノミクスの生みの親が、逆のことを言い出した
さて、冒頭の見出しだ。
発言しているのは浜田宏一氏。イェール大学の名誉教授で、安倍政権では内閣官房参与を務めた、アベノミクスの理論的支柱そのものと言っていい人だ。
「植田日銀の金融政策は『臆病』だ」
理屈は、こうだ。
日本とアメリカで金利差が大きいと、安い円を借りてドルで運用する取引が起きる(キャリートレードという)。それが円を売る力になり、円安が進む。円安は輸入品を高くするので、物価が上がる。
だったら、金利差そのものを消せばいい。
アベノミクスは、大規模な金融緩和で円安に誘導する政策だった。円安は輸出企業を助け、物価を上げる。デフレを止めるための処方箋だった。
いまはどうか。物価はもう上がっていて、日銀が目標にしている2%に近づいてきている。植田総裁も「これまでとは違って上振れリスクは重視して見ないといけない」と言っている。
デフレのころは、物価を上げるために円安が必要だった。でもいまは、その円安が、物価を目標より上まで押し上げてしまうかもしれない。薬だったものが、効きすぎる側に回りはじめている。
つまり、意見が変わったのではなく、状況が変わった。
同じ人が、同じ理屈で、逆の処方箋を出している。 これは調べていて、いちばん面白かったところだった。薬と毒は、体の状態で入れ替わる。
4. でも、専門家の意見は真っ二つに割れている
じゃあ利上げすればいいのか、というと、そう簡単でもなかった。
| 立場 | 言い分 |
|---|---|
| 効かない | いまの物価高は原材料やエネルギーのコスト由来で、これをコストプッシュ型という。買いたい人が増えすぎて起きるディマンドプル型ではないので、需要を冷やす利上げでは止まらない |
| 効く | 円安もインフレの原因のひとつ。そして円安に効く手段は利上げしかない |
どちらも筋が通っている。ただ、よく読むとこの2つは、別の経路の話をしていた。
利上げから物価に届くまでには、道すじが2本ある。
利上げ → お金を借りにくくなる → みんなが買い控える → 物価が下がる
② 円安を止める道
利上げ → 円安が止まる → 輸入品が安くなる → 物価が下がる
どちらの道も、理屈としては成り立つ。問題は、いまのインフレにどちらが効くかだ。
いまの物価高は、買いたい人が増えすぎて起きているのではない。原材料やエネルギーが高いから起きている。だから①の道は、今回はあまり効かない。「効かない」派が言っているのは、ここだ。
残るのは②。だから争点は、円安を止める道なら効くのかどうかに絞られる。
ここで、昨日書いた為替介入の記事がつながってくる。
政府は6兆円超を使って円買い介入をした。でも今年の4〜5月に過去最大の11.7兆円を使っても、2か月で163円台に戻っている。介入は流れを変える道具ではなく、時間を買う道具だった。根っこは日米の金利差にある。
利上げが効くとしたら、この「円安が止まる」道を通ってということになる。浜田氏の主張も、まさにそこを突いている。
5. ただし、副作用がある
ここが、いちばん考えさせられたところだった。
利上げには、はっきりした副作用がある。借りているお金のコストが上がることだ。
そして日本には、それがまともに効く層がいる。
でも従業員300人未満の企業だけで見ると、2年連続で5%に届いていない
理由は価格転嫁が進まず、賃上げの原資が細っていること
「大企業は好景気なのに、中小は苦しい」という感覚は、数字にはっきり出ている。
そこに利上げが乗ると、どうなるか。
2章で書いた式を、もう一度出す。
実質賃金 = もらう額 ÷ 物価
利上げは、この上と下の両方に、逆向きに効く。
分子(給料)には、下げる方向:中小の借入コストが上がり、賃上げの原資がさらに細る → 実質賃金にマイナス
薬と毒が、同じ処方のなかに同居している。
だから専門家の意見が割れるのだと、ようやく腑に落ちた。どちらの向きが強く出るかは、やってみないと分からない。
6. どこまで上げる話なのか
そもそも「利上げ」といっても、想定している幅がまるで違う。
| 誰の見方か | 水準 |
|---|---|
| いまの政策金利 | 1.0%(2026年6月に約31年ぶりの水準へ) |
| 日銀が示した中立金利の推計 | 1.1〜2.5%(名目) |
| エコノミストの予想 | 1.25〜2%台が中心 |
| 浜田宏一氏 | 3.75%(アメリカと同水準) |
7月31日の日銀の会合でも、高田創委員が1.25%への利上げを提案して否決されている。植田総裁は、「このままでは緩和的に過ぎると思えば、利上げのペースを速めることも十分あり得る」と述べ、9月以降の会合で議論するとした。
日銀が動くとしても、当面は1%台の話だ。浜田氏の3.75%は、いまの議論の枠からはかなり外にある。
7. で、わたしはどうするか
結論から書くと、何も変えない。予想では動かない。
ただ、ひとつはっきり分かったことがある。「利上げは good か bad か」という聞き方では、答えが出ないということだ。
| 立場 | どう効くか | 向き |
|---|---|---|
| 預金が中心の人 | 利息が増え、物価が落ち着けば助かる | 追い風 |
| 変動金利で住宅ローンがある人 | 毎月の返済が増える | 逆風 |
| 中小企業で働く人 | 会社の借入コストが上がり、賃上げの原資が細る | 逆風 |
| 外貨建て資産を持つ人 | 円高で、円建ての評価額が目減りする(わたし) | 当面は逆風 |
答えがないのではない。「誰にとってか」が抜けているから、答えが決まらない。
これは為替の適正水準を調べたときとまったく同じ構造だった。輸出企業と家計で、適正な為替レートが逆を向いていたのと同じように、利上げの是非も立場で逆を向く。
そして、調べていていちばん面白かったのは、ここだ。
バラバラに見えていたニュースが、1本の輪になっていた。
食料品減税の財源が長期金利に効き、日米の金利差が円安を生み、円安を止めようと介入し、円安が物価を上げ、物価が実質賃金を削り、そこにまた利上げの是非が戻ってくる。
全部を理解できたわけではない。専門家でも割れている話なので、答えが出るのはずっと先かもしれない。
でも、つながりが見えると、遠かったニュースが自分の生活の話になる。これは、思っていたよりずっと面白かった。
8. まとめ
- 実質賃金は2025年まで4年連続マイナスだったが、2026年5月時点で+1.4%、5か月連続プラス。ただし原油高が続けば秋に再びマイナスのリスク
- 実質賃金 = もらう額 ÷ 物価。上げ方は分子(給料)を上げるか、分母(物価)を下げるかの2つだけ。いまプラスなのは分母のおかげ
- アベノミクスの理論的支柱だった浜田宏一氏が、「アメリカと同じ3.75%まで利上げを」と主張。「植田日銀は臆病だ」とも
- ただし意見が変わったのではなく、状況が変わった。デフレ期の薬(円安)が、インフレ期には毒になる。同じ理屈で、逆の処方箋
- 効くかどうかは専門家でも真っ二つ。「コスト由来の物価高に利上げは効かない」vs「円安もインフレの原因で、そこに効くのは利上げだけ」
- 副作用は中小企業に出る。春闘の1次集計は5.26%だが、300人未満は2年連続で5%未満。価格転嫁が進まず原資が細っている
- つまり利上げは、分母(物価)を下げつつ、分子(給料)も削る。薬と毒が同じ処方に同居している
- 想定する水準もバラバラ。いま1.0%、日銀の中立金利推計1.1〜2.5%、エコノミスト1.25〜2%台、浜田氏3.75%
- 「利上げは good か bad か」という聞き方では、答えが出ない。預金中心の人、変動金利の人、中小で働く人、外貨建てを持つ人で、意味が正反対になるから
・実質賃金の動向:第一生命経済研究所「実質賃金は改善続くも、持続性は物価次第(26年5月毎月勤労統計)」/伊藤忠総研「毎月勤労統計(2025年)実質賃金は4年連続でマイナス」
・春闘の大手と中小の差:時事通信「大手と中小、消えぬ賃上げ格差 価格転嫁進まず、細る原資」/nippon.com「2026年春闘:1次集計の賃上げ率5.26%」
・日銀の決定と植田総裁の発言:日本経済新聞「日銀・植田総裁、利上げペース『加速もありうる』」
・中立金利の推計と利上げ予想:三井住友DSアセットマネジメント「日銀の利上げスタンスを読み解く(後編)」
関連記事
- 政府が1日で6兆円超の円買い介入。効くの? そもそも円はいくらが適正なの? を調べてみた
- 金利は「据え置き」だったのに、ダウが1,153ドル安。なぜ? を調べてみた
- 食料品の消費税が2年だけ実質ゼロに。期間限定の減税って、本当に効くの?
- 20代の負債が過去最高。3,000万円のローンを組む同世代と、賃貸のわたし
金利も為替も読めません。だからオルカンで、通貨も国もまるごと持つことにしました。わたしのメイン口座として8年以上愛用中。
SBI証券の公式サイトを見る →



