「円は安すぎる」と日米で確認。いくらが適正? 円安は悪? 言わされてる? を調べてみた
9月25日、片山財務相が、22日(現地時間)の日米首脳会談の中身を明かした。トランプ大統領から、円安への懸念が示されたという。その日の夕方、高市首相も自分で説明している。トランプ氏の話は「円安によって米国の貿易が厳しい」というもので、首相は「一般論として、円の過小評価というのが問題である」と返した。
その夜、片山氏はベッセント米財務長官と約20分協議し、「円の過小評価は問題」という認識を再確認している。円は、その日の未明に一時1ドル159円台まで下がっていたが、夜のニューヨークでは156円台まで戻った。
ここで、疑問が3つわいてくる。
😮「円安って、日本には悪くないんじゃないの?」
😑「日本は、アメリカに言わされているんじゃないの?」
結論から言うと、こうなる。
順番に説明する。
1. 「安すぎる」は、何と比べて安いのか
「円はいくらが適正か」は、7月末の介入のときに一度くわしく調べた。ものさしは、購買力平価(こうばいりょくへいか)という考え方だ。同じものが、日本でもアメリカでも同じ値段になる為替レートを「つり合いのレート」とみる。
国際通貨研究所が毎月出している最新の数字(8月分)は、こうなっている。
ビッグマックは、日本では500円、アメリカでは6.22ドル。500円を6.22ドルで割ると、1ドル80円で同じ値段になる。指数が出た7月の実際のレートは1ドル162円だったので、日本のビッグマックはアメリカの半分の値段で買えていた。
どのものさしでも、答えは1つにならない。67円と107円では40円も違う。ただ、4本とも、いまの157円よりずっと円高の側を指している。「いくらが正解か」は言えないけれど、国際通貨研究所のものさしで測ると、いまの円は安いと言えそうだ。8月に調べたときと、答えは変わっていない。
2. 円安は、日本にとって悪くないのでは
円安で得をしている数字は、たしかにある。
いちばん大きいのは、海外から入ってくる利子や配当だ。日本の会社の海外の子会社が稼いだ配当や、日本が持っている外国の債券の利子で、外貨で入ってくる。円安なら、円に直したときに大きくなる。訪日客も、円安なら日本での買い物が割安になるので、たくさん使ってくれる。
一方で、損をしている側もある。日本は食べ物やエネルギーの多くを輸入している。円安になると、同じものを買うのに多くの円が要る。国際通貨研究所の試算では、今年のドル円が平均155円なら、円が本来より安いことだけで、物価の上がり方が0.55ポイント押し上げられる。食品やエネルギーのような値動きの大きいものを除いた、ふだんの物価で測った数字だ。給料の伸びが物価に追いつかない月も続いた。景気拡大の記事で数えたとおり、物価を差し引いた給料(実質賃金)は、73か月のうち50か月で前の年より減っている。
分かれ目は、海外で稼いでいるか、円で買い物をしているかだ。
むかしは「円安は日本にいい」とよく言われた。円安で輸出が増え、国内の工場が忙しくなり、給料も増える、という道筋だ。ただ、いまの日本の稼ぎの中心は、輸出ではなく海外からの利子や配当になっている。2025年の貿易収支は8,490億円の赤字で、国全体の黒字(経常収支)の大半は海外で稼いだお金だ。円安の恩恵は、国内の給料より、海外で稼ぐ会社や外国の資産を持つ人に届きやすくなった、とわたしは見ている。
3. 日本は、アメリカに言わされているのか
ここは、事実を並べてみる。
並べてみると、気づくことが2つある。
1つ目は、「過小評価は問題」という言葉を使ったのが、日本の首相だったこと。トランプ氏が言ったのは、円安で米国の貿易が厳しいという話で、それに首相が「一般論として」と前置きして返した。首脳どうしが為替の水準に触れるのは異例だと報じられている。
2つ目は、それを公表したのも日本側だったこと。片山氏は官邸と相談したうえで明かしている。
「アメリカに言わされた」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは1985年のプラザ合意だろう。ただ、あれはアメリカの呼びかけで5か国がそろってドル安に動いた大きな合意で、1ドル235円前後だった円は、1年足らずで150円台になった。今回とは規模がまったく違う。今回に近い出来事は、この3つだ。
振り返ると、アメリカが一緒に動いたのは、アメリカ自身にも心配ごとがあったとき(1998年)か、日本が頼んで各国が応じたとき(2011年)だった。2022年は、日本だけで動いている。いつも言われる側にいたわけでも、いつもアメリカが一緒に動いたわけでもない。
今回のアメリカにも、円安を止めたい理由がある。トランプ氏が言う貿易の話と、8月に調べた金利の話だ。日本の側には、物価高がある。
こうして見ると、「言わされている」だけでは説明しにくい。円安を止めたい理由が、日米で同じ方向を向いているからだ。
ただ、ここまでは、発表や報道から分かることを並べただけだ。会談の部屋で実際に何が話されたかは、わたしたちには分からない。
4. わたしは、どうするか
わたしは、円安で得をする側と、損をする側の両方にいる。
9月の円高の記事で数えたとおり、わたしの資産の7割は、オルカンやS&P500、BNDといった、中身の大半がドルの「ドルの箱」だ。8月末の中身で数えると、1ドルが1円動くと約27万円。円安なら、円で数えた評価額は増える。
一方で、毎日の暮らしは円で回っている。家賃も食費も円で払うので、円安で物価が上がれば、その分だけ損をする側にいる。
だから、円がどちらに動いても、わたしは何もしない。為替の先は読まないし、積立も止めない。日米がそろって「安すぎる」と考えていることも、ニュースとして覚えておくだけだ。
ジョン・コナリー(アメリカ財務長官、1971年)
1971年8月、アメリカはドルと金の交換をやめると突然発表し、輸入品の多くに、10%の追加関税(輸入課徴金)もかけた。いわゆるニクソン・ショックだ。それまでドルは、外国の政府が持ち込めば、1オンス35ドルで金と交換するという約束になっていて、世界の通貨の中心にいた。その約束が、一夜でなくなった。ドルと円の交換は、それまでどおりできる。切れたのは、ドルの値打ちを支えていた金との結びつきのほうだ。当時は、金にドルが、ドルに円がつながる仕組みで、円も1949年から1ドル360円に決められた固定の相場だった。
困ったのは、ドルをたくさん持ち、ドルで貿易をしていたほかの国だ。ドルの値打ちが揺れれば、自分の国の輸出も、手元のドルの価値も揺れる。この年の暮れ、当時のコナリー財務長官がヨーロッパの財務相たちに言ったとされるのが、この一言だ。言い回しには諸説ある。ドルをどうするか決めるのはアメリカだが、その結果に振り回されるのはあなたたちだ、という意味になる。
1ドル360円は、日本の輸出が伸びる前に決めた値段で、円は実力より安いまま固定されている、と見られていた。実際、その年の12月のスミソニアン協定で、円は1ドル360円から308円に切り上げられ、ヨーロッパの通貨も軒並み高くなった。アメリカは、10%の追加関税を外すのと引きかえに、ほかの国に通貨を高くさせた形だ。アメリカもドルを金に対して約8%下げたが、円も金に対して約8%上がり、対ドルでは約17%の円高になった。問題の出どころはドルなのに、値札の書きかえの半分は、相手の国が引き受けたことになる。追加関税という交渉のカードを持ち、相手に通貨を上げることを飲ませられる。この言葉は、そういうドルを持つ国の強さを表すものとして、いまも残っている。
その308円の固定も長くは続かず、日本は1973年2月に、いまのような毎日値段が動く変動相場に移っている。
55年たったいま、円の安さは、日本にとっては物価の問題で、アメリカにとっては貿易の問題になっている。1つの国の通貨の値段は、その国の暮らしだけでなく、取り引きをする相手の国の商売にも響く。円の問題は、日本だけの問題ではない。
そして、わたしにとっては、どうにもならない問題だ。首脳の会話も、財務相の電話も、明日の円の値段も、わたしには決められない。わたしが決められるのは、毎月の積立を続けることと、暮らしのお金を円で持っておくことだけ。どうにもならないことは眺めておいて、どうにかなることだけを続けていく。
円が高くても安くても、わたしのやることは変わりません。オルカンの積立も、日本の高配当株119銘柄も、BNDも、2019年からSBI証券の口座です。通貨を選ばずに、世界にまるごと分散しています。
SBI証券の公式サイトを見る →5. まとめ
- 9月22日の日米首脳会談でトランプ氏が円安に懸念。高市首相は「一般論として、円の過小評価は問題」と返し、25日に片山財務相が公表した
- 国際通貨研究所のものさしで測ると、1ドル67円から107円が適切な値。いまの157円前後は、それより安いと言えそうだ
- 円安で得をするのは海外で稼ぐ会社や外国の資産を持つ人、損をするのは円で買い物をする家計。稼ぎの中心が海外からの利子・配当に移り、恩恵は給料に届きにくくなった、とわたしは見ている
- 過去の介入でアメリカが一緒に動いたのは、自分にも心配があった1998年と、日本が頼んだ2011年。いつも言われる側だったわけではない
- 「過小評価は問題」は日本の首相の言葉で、公表したのも日本側。円安を止めたい理由が、日米で同じ方向を向いている
- わたしは得をする側と損をする側の両方にいる。為替は読まず、決められる積立だけを続ける
・ベッセント長官との協議:日本経済新聞(9月25日)、ザイFX!(財務省の発表)
・円相場(25日未明の159円03銭、ニューヨークの終わり値156円94銭):東京新聞、財経新聞(9月25日のNY為替概況)
・購買力平価(2026年8月、消費者物価107.11円・企業物価94.33円・輸出物価66.81円):国際通貨研究所「IIMA-GMVI・購買力平価」
・ビッグマック指数(2026年7月、日本500円、アメリカ6.22ドル、1ドル162.135円):The Economist(公開データ)
・物価の押し上げ0.55ポイント(2026年平均155円の場合、食品とエネルギーを除く物価):国際通貨研究所「購買力平価からの乖離がもたらす物価変動圧力について」(2025年12月23日)
・2025年の経常収支・第一次所得収支(利子・配当の黒字)・貿易収支:財務省の国際収支統計(2026年2月9日公表)。日本経済新聞の報道による
・訪日外国人旅行消費額:観光庁「インバウンド消費動向調査 2025年(確報)」
・2025年9月の日米財務大臣共同声明:財務省(仮訳)
・プラザ合意(1985年9月22日、アメリカの呼びかけ、G5):野村證券 証券用語解説集「プラザ合意」。235円前後から1986年7月に150円台はトウシル「プラザ合意、急激な円高へ」
・1998年6月の日米協調介入(アメリカの売ったドルは8.33億ドル、アジアの通貨への影響と中国の不満、日本の立て直し策を受けて参加):ニューヨーク連銀の四半期報告(1998年4〜6月)、相場の動きはマネックス証券 吉田恒「1998年の日米協調介入を振り返る」
・2011年3月のG7協調介入(日本の要請、前日の76円台から81円台):日本経済新聞「日米欧が円売り協調介入」、同「G7が10年半ぶり協調介入」、時事ドットコム、Bloomberg
・2022年9月22日の単独介入(145円90銭から140円台):日本経済新聞「政府・日銀、24年ぶり円買い介入」、ニッセイ基礎研究所「2022年の為替介入を振り返る」
・7月末の日米協調介入(約28年ぶり):上記の時事ドットコム、8月2日の記事、8月3日の記事
・コナリーの言葉:1971年、G10の会合でヨーロッパの財務相に述べたとされる(言い回しには諸説ある。Chatham Houseほか)。ニクソン・ショックとスミソニアン協定(1971年12月18日、1ドル360円→308円、金に対してドル約8%安・円約8%高は協定の条件から計算)は一橋大学 ファイナンス用語集「スミソニアン合意」ほか。10%の追加関税(輸入課徴金)はFederal Reserve History「Nixon Ends Convertibility of U.S. Dollars to Gold」。1ドル360円の設定(1949年4月)は国立公文書館「日本のあゆみ」、変動相場制への移行(1973年2月14日)はトウシル。訳はわたし




