仕事で名前は知っていた会社が、2,000億円で買われようとしている。調べたら、気づくのが遅かった
ソニーが、タムロンに買収を提案した。
タムロンはカメラの交換レンズを作っている会社だ。映像やカメラの仕事をしていれば、まず知っている名前になる。
でも、一般にはほとんど知られていないと思う。家電量販店のレンズ売り場に行かない限り、名前を見る機会がない。
その会社に、2,000億円規模の値段がついた。
わたしは映像の仕事をしているし、日本の高配当株を117銘柄ほど持っている。両方の目でこのニュースを見られるのは、たぶん珍しい。
そして調べてみたら、気づくのが遅かったという結論になった。
1. 何が起きたのか
まず、事実から。
まだ決まっていない。 検討が始まった段階だ。
2. タムロンは、現場ではどういう会社か
ここは、仕事をしているから書けるところだと思う。
純正のレンズより安くて、使い勝手がいいという印象
それでいて評価も高く、まわりのフリーランスもけっこう使っている
→ いわゆるサードパーティの立ち位置
わたし自身は使っていない。でも現場で見かけない日はない、という感じの会社だ。
映像の仕事だと、カメラ本体はソニー系が圧倒的に強い。レンズはいろいろ組み合わせることが多くて、望遠のズームならキヤノンもよく見る。それでも標準的なところはソニーで揃えるのが、やっぱり多い印象になる。
その「揃える」の外側にいるのが、タムロンだった。
タムロンは、ソニーのEマウント向けと、ニコンのZマウント向けの両方にレンズを出している。カメラの本体とレンズをつなぐ規格が「マウント」で、ここが合わないとレンズは付かない。
ソニーの傘下に入ったら、ニコン向けはどうなるのか。 そこは、まだ誰にも分からない。
3. なぜソニーが買うのか
理由は、たぶんシンプルだと思う。
だからレンズが充実しているほど、その本体が選ばれる
→ レンズを押さえることは、本体を売ることでもある
すでに15.35%を持っているというのも大きい。ゼロから買いに行くのではなく、もともと近い関係にあった相手だ。
ソニーはタムロンに開発と製造の面でも深く関わっていると報じられている。外の会社として付き合うより、中に入れたほうが早い、という判断なのだと思う。
4. 買われる側の株が、なぜ26%も上がったのか
ここは、投資の話になる。
発表があった7月30日、タムロンの株はストップ高になった。
発表前は1,134円ほどだった計算になる
→ 1日で3割近く上がった
なぜ上がるのか。会社を丸ごと買うときは、いまの株価より高い値段を出さないと、株主が売ってくれないからだ。
この上乗せ分を「プレミアム」という。
これがないと、株主は「いま市場で売ったほうが得」になって応じない
→ 日本のTOBでは、2024年度に公表された案件の中央値が43.3%だった
ここで、今回の数字を当てはめてみると面白い。
| 発表前(1,134円)からの上乗せ | |
|---|---|
| 報じられている提案価格 1株1,300円前後 |
約15% |
| 7月30日の株価 1,434円 |
約26% |
| 中央値の43.3%なら | 1,625円あたり |
報じられている価格の上乗せは、15%ほどしかない。 日本のTOBの中央値43.3%と比べると、かなり低い。
そして株価は、その提案価格を超えて1,434円まで上がった。
市場は「この値段では足りない」と言っている、ということになる。
たぶん、こういうことだと思う。株を買っている人たちは、上乗せがどのあたりに落ち着くのかを探っている。 中央値の43.3%を当てはめれば、1,625円あたりになる、という計算もできる。
1,300円では決まらないのではないかと見ているから、1,434円でも買う。足りない分は、これから上乗せされるかもしれないという読みだ。
その値段は、たいていいまの株価より高い(そうしないと誰も売らない)
→ だから発表と同時に、株価がその値段に近づいていく
そして買い集めが終わると、その会社の株は市場からなくなる(上場廃止)
買収は、持っている人にとっては短期の値上がりになる。 でも同時に、その株を持ち続けることができなくなるという話でもある。
5. 調べて驚いた。守備範囲のど真ん中だった
ここからが、この記事でいちばん書きたかったところになる。
タムロンの中身を、投資家の目で見たことが一度もなかった。
名前は10年以上前から知っている。仕事でも見ている。でも、「株としてどうか」を考えたことはなかった。
調べてみて、驚いた。
| 1株あたり配当 | 51円(前期比+14.75円) |
| 連続増配 | 6期連続。年間配当は6年で8.1倍に |
| 配当性向 | 60%(予想EPS85円に対して配当51円) |
| 還元の方針 | 配当性向60%またはDOE8%の高いほうを基準にする |
| 発表前の配当利回り | 約4.5% |
6期連続の増配で、6年で8.1倍。発表前の利回りは4.5%。
前の記事で書いた8項目でいうと、⑦配当の安定性・成長性は文句なしだ。
⑧配当性向のほうは、少しはみ出す。 わたしの基準は30〜50%で、タムロンは60%。ただしこれは、会社が狙ってそうしている。
→ つまり60%は上限ではなく、下限として置いている数字
危険といわれる70〜80%には届いていない
基準を少し超えているけれど、理由がはっきりしている。 こういう場合は、はみ出していても納得できる。
知っている会社と、調べた会社は、まったく別だった。
6. ソニーのほうは、どうなのか
ついでにソニーも見てみた。株の話が好きな人のあいだでは、かなり人気がある銘柄だと思う。
| ソニー | タムロン | |
|---|---|---|
| 配当利回り | 約0.9% | 約3.5% 発表前は約4.5% |
| PER | 約16倍 | 約17倍 |
| PBR | 2.60倍 | 2.72倍 |
| 本来の性格 | 値上がりを狙う株 | 配当をもらう株 |
利回り0.9%。 わたしが日本の個別株に求めているのは配当なので、ソニーはそもそも枠に入ってこない。人気があるのは分かるけれど、わたしが買う理由がない。
面白いのは、買う側のソニーより、買われる側のタムロンのほうが、わたしの好みだったことだ。
ここでひとつ、注意しておきたいことがある。
上の表でPERとPBRを並べたけれど、この2社を数字だけで比べるのは、本当は無理がある。
タムロン:レンズ一本でやっている専業メーカー
→ 事業も規模もまるで違うので、PERやPBRの高い低いをそのまま比べても意味は薄い
そのうえで、ひとつだけ言えることがある。
タムロンの株価は、あのソニーより高い倍率で取引される水準まで、一気に跳ね上がった。
発表前の1,134円で計算すれば、PERは13倍ほど、PBRは2.1倍ほどだった。上がったのは会社の中身ではなく、株価だけだ。
7. ほしいのは、過小評価されている高配当株
ここで、高配当株について思うことがある。
利回りが高いのは、いいことばかりではない。
優良でも、明るいニュースがない会社は、株価が上がらない → 利回りは高くなる(タムロンの4.5%)
→ つまり高い利回りは、期待されていないことの裏返しでもある
タムロンは、レンズを作る会社だ。地味だし、カメラの市場が急に大きくなるという話も聞かない。「これから伸びる」とは見られていなかったのだと思う。
だから利回りが4.5%もあった。わたしはそれを「悪くない」と思うけれど、市場のほうは「そこまで期待していない」と言っていたことになる。
そこにソニーが、2,000億円を出すと言った。
市場より、ソニーのほうが高く評価した。 だから株価が上がって、利回りが下がった。
高配当株を買うというのは、そういう会社を選ぶことでもある。期待されていないぶん、配当で返してくれる。
ただし、ここはバランスが大事だと思っている。
まだ見つかっていないだけで安いのか
→ 同じ「利回りが高い」でも、中身がまったく違う
前者だと、そのうち配当も減る。後者なら、待っていれば報われる。
タムロンは、後者だったということになる。少なくとも、ソニーはそう見た。
利回りの数字だけを見て選ぶと、そこが分からない。 だから8項目のチェックをしている、という話でもある。
そのうえで、正直に書いておく。
わたしがいちばんほしいのは、過小評価されている高配当株だ。
実力があるのに、目立たないから安いままの会社。配当をもらいながら待っていれば、いつか見つけてもらえる。タムロンは、まさにそれだったことになる。
ただ、それを当てるのが難しい。
答え合わせができるのは、見直されたあと
→ 今回で言えば、ソニーが買うと言った瞬間に「過小評価だった」と決まった
当てられるなら、苦労はしない。
もちろん、当てずっぽうで買っているわけではない。8項目をかけて、数字のうえでは割安に見える会社を選んではいる。
ただ、その安さが「過小評価」なのか「評価どおり」なのかまでは、分からない。ここは、どれだけ調べても残ってしまう。
だから117銘柄に散らしている。選んだうえで、それでも判別できない部分を、数で埋めるという考え方になる。
タムロンのような会社を、前もって1社だけ選ぶことはできない。 でも117社持っていれば、そのなかに入っている可能性はある。
8. 買えないわけではない。でも、魅力は下がった
気になっているところが、3つある。
ひとつめ。利回りが、1日で削られた。
| 株価 | 利回り |
|---|---|
| 発表前(約1,134円) | 4.50% |
| 7月30日(1,434円) | 3.56% |
| 8月7日(1,447円) | 3.52% |
ヤマハ発の記事で書いたとおり、株価が上がると、これから買う人の利回りは下がる。持っている人は関係ないけれど、これから買うわたしには、まともに効く。
ただ、正直に書くと、3.52%は決して低くない。わたしが持っている117銘柄にも、この辺りの利回りの会社はいくらでもある。「もう論外」という話ではない。
引っかかるのは、同じ会社を1割以上安く買えた時期が、つい先週まであったことだ。しかもいまは、6章で見たとおりPERもPBRもソニーを上回っている。
買えないわけではない。買う魅力が、はっきり下がった。 そういう話になる。
ふたつめ。買収が成立すると、株そのものがなくなる。
上場廃止になれば、配当をもらい続けることはできない。わたしが高配当株に求めているのはもらい続けることなので、そこは目的と合わない。
ただし成立するかどうかも、まだ分からない。決まっていないことを心配してもしかたない、という見方もあると思う。
みっつめ。いまの値段は、配当の値段ではない。
報じられている提案価格は1株1,300円前後とみられる。それに対して、株価は1,434円まで上がっている。
すでに、提案価格を超えている。
または、別の会社が競って買いに来るのではないか
→ つまり配当ではなく、交渉の行方に賭ける値段になっている
とくに一つめには、根拠がある。タムロンは特別委員会を設置した。
これは買われる側が、条件をそのまま飲まないための仕組みだ。社長も「時間をかけて丁寧に協議する」と言っている。15%の上乗せで、すんなり決まる形にはなっていない。
だから株価は、提案価格を超えて買われる。 上がると分かっているものを、上がる前に買う。そういう動きになる。
当たれば儲かる。外れれば元に戻る。 ここがいちばん引っかかる。
キオクシアのときと同じだ。当てないと報われない持ち方はしない。
9. 気づくのが、遅かった
正直に書くと、悔しいという気持ちがある。
もっと早く調べていたら、買っていたかもしれない。 もちろん、8項目を全部かけたうえで、の話だ。
- 名前は10年以上前から知っていた
- 仕事で、ほぼ毎日どこかで見ていた
- 6期連続増配で、利回り4.5%だった
材料は、全部そろっていた。 足りなかったのは、「調べてみよう」と思うことだけだった。
ただ、追いかけて買うことはしない。それをやると、今日ここまで書いてきたことが、全部おかしくなる。
そのかわり、次に活かせることがひとつある。
機材、ソフト、外注先、よく行く店。名前を知っているものは、意外とある
→ 知っていることは、それだけでは強みにならない。調べて、はじめて武器になる
一般には知られていない会社が、2,000億円で買われる。 そういうことが起きる。
そしてその会社を、わたしは10年前から知っていた。
10. まとめ
- ソニーがタムロンに買収を提案した。7月30日にタムロンが公表。全株式の取得を目指し、買収額は2,000億円規模とみられる。ソニーはすでに15.35%を持つ大株主
- ただし法的拘束力のない提案で、タムロンは特別委員会を設置して検討中。まだ決まっていない
- タムロンはレンズの専業メーカーで、映像やカメラの仕事をしていれば知らない人はいない。でも一般にはほとんど知られていない
- 現場から見ると、純正より安くて使い勝手がよく、評価も高いサードパーティの立ち位置。ソニーのEマウントとニコンのZマウント、両方にレンズを出しているので、傘下に入るとニコン向けがどうなるかは分からない
- ソニーが買う理由は、たぶんシンプル。カメラは本体だけでは売れず、レンズが充実しているほど本体が選ばれる。レンズを押さえることは、本体を売ることでもある
- 発表当日、タムロンの株はストップ高で+26.46%の1,434円。会社を丸ごと買うときはいまの株価より高い値段を出さないと株主が売らないので、株価がその値段に近づいていく。この上乗せ分を「プレミアム」という
- 面白いのは水準で、日本のTOBのプレミアムは2024年度に公表された案件の中央値が43.3%。今回は報じられている価格が1株1,300円前後なので、発表前の1,134円からの上乗せは15%ほどしかない。それでも株価は1,434円(+26%)まで買われた。中央値の43.3%なら1,625円あたりなので、市場は「1,300円では決まらないのでは」と探っていることになる
- 調べて驚いたのは中身のほう。1株配当51円(前期比+14.75円)、6期連続増配で6年で8.1倍、発表前の利回りは約4.5%。8項目の⑦配当の安定性・成長性は文句なしだった
- 知っている会社と、調べた会社は、まったく別だった。名前は10年以上前から知っていたのに、投資家の目で見たことは一度もなかった
- ちなみにソニーの利回りは約0.9%。値上がりを狙う銘柄で、配当がほしいわたしの枠には入らない。買う側より、買われる側のほうが自分の好みだった
- ただしこの2社を数字だけで比べるのは無理がある。ソニーはゲーム・音楽・映画・金融まで抱える巨大企業で、タムロンはレンズ一本の専業メーカーだ。PERやPBRの高い低いを、そのまま比べても意味は薄い
- そのうえで言えるのは、タムロンの株価が「あのソニーより高い倍率で取引される水準」まで一気に跳ね上がったこと。発表前の1,134円ならPER13倍・PBR2.1倍ほどだったので、上がったのは会社の中身ではなく株価だけということになる
- ⑧配当性向は60%(予想EPS85円に対して配当51円)で、わたしの基準30〜50%を少しはみ出す。ただし会社の方針が「配当性向60%またはDOE8%の高いほう」なので、狙ってその水準にしている。危険といわれる70〜80%には届いていない
- ここで思ったこと。高い利回りは、期待されていないことの裏返しでもある。伸びると思われている会社は先に株価が上がって利回りが下がり(ソニー0.9%)、明るいニュースがない会社は株価が上がらず利回りが高くなる(タムロン4.5%)。そこにソニーが2,000億円を出すと言った。市場より、ソニーのほうが高く評価した
- だから、なぜ期待されていないのかを分けて考えたい。本当に先がないから安いのか、まだ見つかっていないだけで安いのか。前者なら配当もそのうち減るし、後者なら待てば報われる。利回りの数字だけでは、そこが分からない
- わたしがいちばんほしいのは、過小評価されている高配当株だ。実力があるのに目立たないから安いままの会社。タムロンは、まさにそれだったことになる
- ただし過小評価かどうかは、見直されたあとにしか分からない。今回で言えばソニーが買うと言った瞬間に決まった
- 当てずっぽうで買っているわけではなく、8項目をかけて数字のうえで割安に見える会社は選んでいる。それでもその安さが「過小評価」なのか「評価どおり」なのかは分からない。だから選んだうえで、判別できない部分を117銘柄という数で埋めている
- でも買う魅力は下がった。①利回りが4.50%→3.52%に削られた(8月7日終値1,447円。8月4日には年初来高値1,463円) ②上場廃止になれば配当をもらい続けられない(ただし成立するかも未定)③株価は提案価格1,300円前後をすでに超えていて、配当ではなく交渉の行方に賭ける値段になっている
- ただし3.52%は決して低くない。持っている117銘柄にも、この辺りの利回りはいくらでもある。「もう論外」ではなく、「1割以上安く買えた時期が先週まであった」というのが引っかかるだけだ
- いちばん引っかかるのは、当たれば儲かり、外れれば戻るという形になっていること。キオクシアのときと同じで、当てないと報われない持ち方はしない
- 収穫は、仕事で毎日見ている会社を、一度は投資家の目で見てみるという習慣。知っていることは、それだけでは強みにならない。調べて、はじめて武器になる
・株価の動き:日本経済新聞「タムロンの株価、ストップ高気配」/株探「タムロン---ストップ高買い気配、ソニーから買収提案と発表」
・TOBのプレミアム:スクエアコーポレートアドバイザリー「2024年度M&A買収プレミアムの動向と分析」
・タムロンの株価・投資指標:SBI証券の銘柄情報(2026年8月7日終値時点。予想EPS85円、予想配当51円、予想配当利回り3.52%、予想PER17.02倍)
・タムロンの配当:ダイヤモンド・ザイ「タムロン、6期連続の増配を発表し配当利回り4.9%に」/IRBANK「タムロン(7740)の配当金の推移」
・ソニーの背景:ダイヤモンド・オンライン「ソニーのタムロン買収提案で意外にも見えてきた、エレキ事業への並々ならぬ思い」
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