AIに、法律のことを聞いていいの? 法務AIの「黒船」と、法務省の線引き
10月17日の日本経済新聞に、「法務AI『黒船』ハービー到来」という見出しが載った。
法律は、AIがなかなか手を出せない世界、というイメージがあった。でも、弁護士の仕事は、法律の条文や過去の判例といった知識に支えられている部分が大きい。たくさんの知識の中から、当てはまるものを探すのは、AIの得意なところだ。知識の部分だけなら、むしろAIに向いている仕事だと思う。
医療も、近い感じがする。お医者さんの判断も、問診に加えて、血液検査の数値や画像といったデータに頼るところが大きい。数字やデータで判断できるところも、AIが力を発揮しやすいところだ。
わたしも、契約書は、いったんAIにチェックしてもらう。助言をもらっている感覚に近い。AIのほうも、「専門家ではないので、大事な契約は弁護士に相談を」と、よく添えてくれる。
法律の世界は、AIとの線をどう引いているのか。調べてみた。
1. 「黒船」ハービーって、なに?
ハービーは、法律の仕事に特化したAIを作るアメリカの会社だ。契約書などの文書づくりや、法律の調べものが得意で、急成長している。
日本の会社も、法律の仕事にAIを使いはじめている。日経の調査(2025年10月)では、国内の主要な会社の76%が、ChatGPTのような何にでも使えるAIを、法務の仕事に使っていた。
2. 法律は、なぜAIが手を出せない世界に見えたの?
カギは、弁護士法72条という決まりだ。
弁護士でない者は、お金をもらう目的で、もめごとなどの法律の問題に、法的な意見を出したり、代わりに交渉したりすることを、商売にしてはいけない。条文では「業として」と書かれていて、1回きりの手伝いではなく、くり返し続けるつもりで行うことを指す。続けるつもりなら、1回目でも当てはまる。これを「非弁行為」と呼ぶ。破ると、2年以下の拘禁刑か、300万円以下の罰金になる。
大事なのは、ここでいう法律の問題が「他人の」問題だということだ。最高裁は1971年の判決で、この決まりは、資格のない者が、他人の法律の問題にみだりに入りこむのを防ぐためのものだ、と説明している。
要は、こういうことだ。友だちの相談に、お金をもらわずに「それ、おかしくない?」と言うのは自由。でも、お金をもらって、他人のもめごとに入りこみ、法律の答えを出す商売は、弁護士にしかできない。AIを売る会社は、自分のサービスがその商売に見えないかを気にして、慎重になっていた、というわけだ。
3. 法務省は、どう線を引いたの?
1回目は、2023年8月だ。法務省は、契約書をチェックするAIについて、どんなサービスなら違反にならないかの指針を出した。生成AIも、同じ考え方で判断するとしている。それでも、書き方があいまいで、会社がなお慎重になっているという指摘があった、と日経は伝えている。
2回目が、2026年8月21日の新しい指針だ。2023年の指針を土台に、対象を、契約書から会社の法務の仕事全体に広げて、くわしくした。
この指針が考えているのは、仕事の場面だ。会社だけでなく、フリーランスのように、仕事として契約を結ぶ個人もふくむ。一方で、仕事ではない、くらしの中の個人(消費者)が使うサービスは、「別に考える必要がある場合がある」として、今回は線を引いていない。
2023年の4つのポイントは、今も土台として生きている。2026年の3条件は、それに加えて、何にでも使えるAIを売る会社が、どうすれば違反にならないかを示したものだ。
ポイントは、「使い方を決めるのは、使う人」という考え方だ。包丁を売る店が、料理以外に使われるかもしれないからといって、罪に問われるわけではない。もめごとのために作られたものでなければ、売る会社をすぐに違反とはしない。
もちろん、何にでも使えるAIなら、プロンプト(AIへの指示)の工夫しだいで、もめごとの書類も作れてしまう。指針も、そこは考えている。使う人のうち、例外とはいえない数の人がもめごとに使っていて、売る会社がそれを知りながら放っておけば、違反と見られうる、としている。だからこそ、利用規約で禁じたり、悪質な使い方をする人の利用を止めたりする管理が、3つ目の条件になっている。
その管理には、注意書きもふくまれる。指針は、売る会社に、「弁護士の代わりになる」と思わせる宣伝をしないことや、入力する前と答えの両方に注意書きを出すことを求めている。わたしがAIでよく見る「専門家ではないので、弁護士に相談を」という一言は、これに近い。
法務省は、有識者の検討会を2026年度中に立ち上げ、2027年度中のとりまとめを目指している。線引きは、まだ続いていく。
4. わたしが、自分の契約書をAIに見せるのは?
冒頭にも書いたとおり、わたしは、契約書をまずAIにチェックしてもらう。大きな契約なら、ふつうは弁護士や会社の法務に相談する流れになる。わたし個人は、今のところ、そこまですることはない。AIのチェックだけだ。
これは、72条の問題になるのか。
答えから言うと、使う側のわたしが、違反に問われる話ではない、と読める。72条が止めているのは、お金をもらって「他人の」法律の問題に入りこむ、売る側の商売だ。自分の契約書を、自分でAIに読ませるのは、この形に当てはまらない。新しい指針も、AIの会社に対して、利用者へ「自分の仕事にだけ使い、他人の法律の仕事には使わない」ことを守ってもらうよう求めている。
残るのは、売る側のAIの会社が大丈夫か、という問題だ。わたしはAIにお金を払い、AIは、わたしの契約書について答えている。ここが、法務省が線を引いた部分になる。
新しい指針は、仕事として契約を結ぶ個人も対象にしている。フリーランスのわたしが、仕事の契約書をAIでチェックする場面も、ここに入る。もめごと向けに作られておらず、注意書きなどの管理をきちんとしているAIのサービスなら、その会社は一般に違反にならない。法務省は、そう整理した。
気をつけたい点も、2つある。
1つは、個人のこの使い方を、はっきり「問題なし」と書いた国や弁護士会の文書は、見つからなかったことだ。ここまでの読み方は、資料からの、わたしの整理になる。
もう1つは、AIを作る会社のルールだ。OpenAIは、資格のある人がきちんと関わらないまま、法律の個別の助言を提供することを禁じている。Anthropicも、法律を「高リスクの使い方」とし、一般の人に届く前に、資格のある専門家が確認することを求めている。どちらも、AIの答えを、そのまま他人への法律の助言として届けることを止めるルールだ。自分の参考として使う分には、これらのルールに反しないと、わたしは読んでいる。ただ、はっきりそう書かれているわけではない。
では、もめごとになったら、どうか。
日本では、弁護士をつけずに、自分で訴訟をする「本人訴訟」もできる。自分の問題について、自分でAIを使って調べるのは、この場合も、使う側のわたしが72条で違反に問われる話ではない。
ただ、法務省の指針は、訴状や和解契約書のような、もめごとを前提にした書類を作ることに特化したサービスを、違反になりうる例として挙げている。くらしの場面のサービスは、まだ線も引かれていない。
それに、まちがいの責任は、全部自分にかかってくる。裁判所がAIのまちがいを取り上げた例(5章でくわしく見る)のうち、半分以上は、弁護士をつけずに自分で訴訟をした人の書面だ。もめごとになったら弁護士に相談を、というのは、法務省がAIの会社に「すすめてほしい」と求めている案内でもある。
5. AIは、どれくらいまちがえるの?
AIは、もっともらしいうそをつくことがある。「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる。
いちばん有名なのが、2023年のアメリカの事件だ。ニューヨークの弁護士が、ChatGPTで調べた判例を、確かめないまま裁判所に出した。6件の判例は、どれも実在しない、AIの作り話だった。裁判所は、弁護士2人と法律事務所に、あわせて5,000ドルの罰金を命じている。まちがいを指摘されたあとも、架空の判例を正しいとし続けたことが、重く見られた。
同じような例は、その後も続いている。研究者のダミアン・シャルロタン氏が集めているデータベースでは、裁判所がAIのまちがいを取り上げた例は、2026年10月16日時点で、世界で2,199件。アメリカが1,501件で、日本は0件だ。そのうち1,266件は、弁護士をつけずに自分で訴訟をした人が出した書面だった。
では、AIは法律の質問に、どれくらいまちがえるのか。
法務専用のAIでも、6回に1回から3回に1回はまちがえていた。何にでも使えるAI(GPT-4)は43%で、もっと多い。
一方で、2025年の別の調べでは、法律の調べもので、AIの点数が弁護士を上回ったという結果も出ている(Vals社、約200問)。どちらも、実際の仕事ではなく、決められた試験の問題で試した結果だ。
6. 人とAI、ミスが多いのはどっち?
人とAIのミスを比べたデータが、いちばんそろっているのは、自動運転だ。
医療でも、比べた研究がある。
おもしろいのは、医師がAIを使っても、成績がほとんど上がらなかった研究があることだ。AIと人が組めば、いつも強くなるとはかぎらない。一方で、乳がん検診のように、うまく組めて、見つかる数が増えた例もある。
法律では、弁護士とAIのどちらがよくまちがえるかを、実際の仕事で、同じ条件にそろえて測ったデータは見つからなかった。比べた例は、5章のような試験の問題だけだ。
ただし、比べるときには注意がいる。
- 条件がちがう:自動運転は、走る地域が限られている。医療や法律の多くは、試験の問題で比べている
- 数が少ない:ある医療の研究は、医師50人で試している
- だれが調べたか:AIを作る会社が、自分で出した数字も多い
- まちがいの広がり方:アメリカの事例では、数百の病院が使っていた敗血症(重い感染症)を知らせるAIを、ある大学病院で調べたところ、実際の敗血症の患者の約3分の2(67%)を見逃していた(2021年の研究)。日本医師会も、AIのまちがいは多くの患者に及ぶおそれがある、と指摘している
もうひとつ、時期にも気をつけたい。2021年の研究は、ChatGPTが登場する前のものだ。AIはこの数年で大きく進化しているので、今のAIで同じ結果になるとはかぎらない。逆に、今のAIでも、新しい苦手が見つかるかもしれない。
要は、こういうことだ。AIのほうがミスが少ない場面は、たしかにある。でも、比べられたのは、ほとんどが試験の問題だ。実際の仕事で、同じ条件で比べた例は、まだ少ない。試験の点だけでは、どちらが上かは、まだ決められない、というわけだ。
法律と医療の決まりを並べると、考え方は同じ形をしている。ちがいもある。
7. わたしは、どう思う?
先達(せんだつ)はあらまほしき事なり。
鎌倉時代の終わり、1330年ごろに、吉田兼好(兼好法師)が書いた随筆『徒然草』の一節だ。
話の主人公は、京都の仁和寺のお坊さん。年をとるまで、石清水八幡宮(いまの京都府八幡市)にお参りしたことがなかった。そこで、ある日思い立って、ひとりで歩いて出かける。
八幡宮の本殿は、男山という山の上にある。ところが、お坊さんは、ふもとにある極楽寺や高良という寺や社だけを拝んで、「これで全部だ」と思って帰ってしまう。
帰ってから、仲間にこう話している。「長年の願いがかなった。聞いていた以上に、尊かった。ただ、お参りに来た人たちがみな山へ登っていったのは、何があったのだろう。気にはなったけれど、神さまにお参りするのが目的だから、山の上までは見なかった」。
本当の目的地は、その山の上だった。お坊さんは、ほかの人が山へ登っていくのを見ていたのに、だれにも聞かなかった。兼好は、ちょっとしたことでも、案内してくれる人(先達)はいてほしいものだ、としめくくっている。知ったつもりで満足してしまうことへの、やさしい戒めだ。
AIは、物知りな案内役だ。でも、ときどき、ふもとで「ここが本殿です」と言ってしまうことがある。
法律の世界が、AIとの線をどう引いていくのか。個人的には、そこに興味がある。
8. まとめ
- アメリカの法務AI大手ハービーが、日本でのサービスを広げる。会社の値段は155億ドル
- 法律がAIの手を出しにくい世界に見えたのは、弁護士でない者がお金をもらって法律の仕事をすることを禁じる、弁護士法72条があったから
- 法務省は2023年と2026年8月の指針で、もめごと向けでない調べものや書類のチェックなら、一般に違反しないと整理した。くらしの場面の個人向けは、まだこれから
- 自分の契約書を自分でAIに見せるのは、72条の「売る側」の規制には当てはまらない、と読める
- AIは、架空の判例を作ることがある。裁判所が取り上げた例は、世界で2,199件
- 人とAIのミスを、実際の仕事で同じ条件で比べたデータは少ない。弁護士や医師が使うときは、法律も医療も「AIは道具、最後は人」で同じ形だ
・ハービー:会社のページ、資金集めの発表(2026年9月9日)、リーガルスケープとの提携(2026年10月2日)、東京の事務所(2026年10月12日)
・法律:e-Gov法令検索「弁護士法」、e-Gov法令検索「医師法」
・法務省の指針:2023年8月、2026年8月21日、今後の工程表
・医療:日本医師会 生命倫理懇談会の答申(2022年3月)、厚生労働省の通知(2018年12月19日)、PMDA(プログラム医療機器の承認品目)
・AIのまちがい:Mata v. Avianca の制裁命令(2023年6月22日)、AI Hallucination Cases(Damien Charlotin氏のデータベース)、スタンフォード大学の研究者の論文「Hallucination-Free?」、Vals社の法律調査レポート(2025年10月)
・自動運転:Waymo Safety Impact
・医療の研究:Liu ほか(2019年)、Takita ほか(2025年)、Goh ほか(2024年)、MASAI試験(2026年)、Wong ほか(敗血症を知らせるAI、2021年)
・AI会社の利用規約:OpenAI、Anthropic
・格言:吉田兼好『徒然草』第五十二段




