円安で日本企業が「お買い得」に。外資が買いに来ると円高になるはずが、逆? を調べてみた
日経新聞にこんな記事が出ていた。「外資の日本企業買収『むしろ円安要因にも』 円の先安観、定説揺らす」。
話の前提はこうだ。いまは歴史的な円安。海外から見ると、日本の優良企業が バーゲン価格 に見える。だから海外マネーによる日本企業の買収が増えている。ここまでは分かる。
教科書どおりなら、この流れは 円高要因 のはずだ。外資が日本企業を買うには円が必要。だから円が買われて、円安に歯止めがかかる——。ところが記事によれば、実際の効果は限定的で、市場関係者からは 「むしろ円安要因になり得る」 という逆の声まで出ているという。
買われているのに、円高にならない。それどころか円安要因? キオクシアの記事の「売られたのに上がった」以来の、定説とあべこべの謎だ。調べてみた。
1. 何が起きているのか
1ドル160円前後の円安で、ドルを持つ側から見た日本の「値札」は、数年前の3分の2ほどになった。優良企業がバーゲン棚に並んでいるようなものだから、買いに来るのは自然な流れだ。
問題は、ここからだ。
2. 教科書の定説:「日本買い」は円高要因のはず
素朴に考えると、こうなる。
米国のファンドが、日本の会社を1,000億円で買うとする。支払いは円だ。だからファンドは、手持ちの ドルを売って、円を買う 必要がある。両替所に大金を持ち込むのと同じで、円の需要が生まれ、円高方向に働く。
だから「対日投資が増えれば、円買い需要が生まれて、円安に歯止めがかかる」——これが教科書の定説で、政府が対日投資の拡大を後押しする理由のひとつでもあった。
ところが現実には、過去最多ペースの「日本買い」が起きているのに、円安には歯止めがかかっていない。なぜか。お金の流れを配管のようにたどっていくと、「両替」が起きない仕組み が見えてくる。
3. 謎解き:円買いが「消える」3つの配管
市場で指摘されている理由を、裏どりできたものから3つ紹介する。
配管①:そもそも、円は「両替」ではなく「借りて」用意する
大型の買収では、買収資金を全額手持ちのドルから両替するのではなく、日本の銀行から円で借りる のが一般的だ。理由はシンプルで、日本の金利は世界的に見てまだ低い から。日銀が利上げを進めているとはいえ、米国の金利と比べればまだ差があり、円で借りたほうが安上がりなのだ。
海外の人が日本で家を買うときに、母国からお金を持ち込まず、日本の銀行で住宅ローンを組むイメージに近い。この場合、ドル売り・円買いの両替は、そもそも発生しない。
配管②:「ヘッジ」という保険が、円買いを打ち消す
これは、外資ファンドの悩みから考えると分かりやすい。日本の会社の値段は円建てだけど、ファンドの成績はドルで測られる。せっかく買った会社の価値が上がっても、円そのものが下がってしまったら、ドルに戻したときに損をする。会社選びは当たったのに、為替で負ける——それは避けたい。
そこで多くの外資は、円の資産を買うときに保険をかける。具体的には、「将来、いま決めたレートで円をドルに戻す」という予約 を同時に入れておく(これが為替ヘッジ)。予約さえしてあれば、この先どれだけ円安が進んでも、約束のレートでドルに戻せる。為替の心配を消してから、会社の中身に集中できるわけだ。
為替市場から見ると、この買い方は 「きょう円を買う」と「将来円を売る予約」がセット で入ってくる。行きの切符と帰りの切符を同時に買う旅行者 のようなもので、ずっと住みつく人ではない。だから、円を押し上げる力が残らない。
しかも、続きがある。保険は「持っている円資産の金額」に合わせてかけるので、資産が値上がりすると保険が足りなくなり、掛け増し(=追加の円売り予約)が必要になる。日本総研の試算では、海外投資家のヘッジ比率を30%とすると、日本の株価が1%上がるだけで約1兆円の円売り が発生し得るという。日本買いが盛り上がって株価が上がるほど、円売りが増える——定説と逆の回路が、ここにある。
配管③:入口は一度きり、出口はずっと続く
仮に円買いが起きたとしても、それは買収の瞬間の 一度きり だ。一方でその後は、買収した企業が生む利益が 配当として海外へ送金され続ける(=円売りが毎年続く)。さらに、会社を売った日本側の株主が、受け取った円を米国株などの海外資産に再投資すれば、それも円売りになる。入口の円買いは一瞬で、出口の円売りは長く続く。
| 項目 | 教科書の定説 | 実際の配管 |
|---|---|---|
| 資金の用意 | ドルを売って円に両替する | 日本の銀行で円を借りる(両替なし) |
| 為替リスク | そのまま円資産を持つ | ヘッジ(将来の円売り予約)をかける |
| 結果 | 強い円買い需要で円高圧力に | 円買いは消え、むしろ円売りが続く |
②両替する場合も、同時に「保険」で円を売るので差し引きゼロ、むしろ資産が育つほど円売りが増える
③そして買った会社の利益は、毎年、海外へ持ち帰られていく
こうして「日本買いブーム=円高」という定説は、配管の中で消えてしまう。
念のために書いておくと、これらは市場関係者やシンクタンクが指摘している「見方」であって、為替が実際にどちらへ動くかを保証するものではない。ただ、「教科書の矢印どおりにお金は流れていない」ということだけは、確かなようだ。
4. わたしはどう受け止めたか
① 「日本が買われる」ことへの気持ちは、単純ではない
自分の国の看板企業が次々と外資に買われるのは、正直、少し寂しい。でもキオクシアの記事で学んだとおり、ファンドに買われた会社が立て直されて強くなり、市場に戻ってくる例もある。「買われる=負け」と単純には言えない。お金に国境がない時代の、これが普通の風景なのだと思う。
② 「円安はいずれ自動で止まる」という定説すら、揺らぐ
今回いちばん考えさせられたのはここ。「安くなれば買いが入って、下げ止まる」という、いかにもそれっぽい定説が、実際のお金の配管をたどると成り立っていなかった。GPIFの記事でも書いたけれど、為替は本当に、プロでも読めない世界だ。それっぽい理屈を信じて為替を予想することの危うさ を、また一つ教わった。
③ だから、予想ではなく「構え」で備える
円安が止まるのか、続くのか。わたしには分からないし、当てにいかない。できるのは、円だけで資産を持たないという構えだけだ。オルカンやS&P500の積立は、結果的に「日本が買われる側になった時代」への備えにもなっている。予想は外れるけれど、構えは裏切らない。
5. まとめ
- 円安を背景に、海外マネーによる日本企業の買収が 過去最多ペース(2026年上半期232件・+27.5%)
- 教科書の定説では「日本買い=円買い需要=円安の歯止め」のはず。ところが効果は限定的で、「むしろ円安要因」という声まで 出ている
- 理由は3つの「配管」。①買収資金は両替ではなく日本で円を借りて用意する、②為替ヘッジが円買いを打ち消し、資産価値が上がるほど円売りが増える(株価1%上昇で約1兆円の円売りという試算も)、③入口の円買いは一度きり、利益送金という出口の円売りはずっと続く
- 「安くなれば買いが入って下げ止まる」という定説すら揺らぐ。為替は予想せず、円だけで持たない「構え」で備える
・対日M&Aの件数:ロイター集計(ニューズウィーク日本版)
・ヘッジと円売りの試算:日本総研「海外投資家による為替ヘッジ行動が円売り圧力に」
関連記事
- 円安が止まらない。わたしの資産、円だけで大丈夫?リスクを整理してみた
- なぜ、キオクシアは売られたのに株価が上がったの? 気になったので調べてみた
- 財務相の一言で、円も株も金利も動いた。GPIFの『国内投資後押し』を調べてみた
- アメリカの物価が下がると、なぜわたしのオルカンとBNDが上がるの? 仕組みを調べてみた
オルカン・S&P500の積立も、日本の高配当株も、SBI証券ひとつで管理可能。NISAと特定口座の使い分けもシンプル。わたしのメイン口座として8年以上愛用中。
SBI証券の公式サイトを見る →



