ニデックの「違法配当」。もらった配当を、株主は返さないといけない⁉︎
10月16日の日本経済新聞に、「ニデック、5期連続の違法配当」という見出しが載った。
読んで、まず「返す義務」にびっくりした。配当を受け取った株主には、法律の上では、それを会社に払う義務があるという。
わたしは、ニデックの株は持っていない。でも、日本の高配当株を120銘柄以上持っている。知らないことが多いので、整理してみる。
1. 何が起きたの?
ニデックは、モーターなどをつくる京都の会社だ。
始まりは、会計の不正だった。売れない在庫の損を出さない、資産の目減り(減損)を避ける、といった処理が、長いあいだ続いていた。第三者委員会は、その背景に、創業者の永守重信氏を起点とする、強すぎる業績のプレッシャーがあったとしている。永守氏が不正を指示した事実は見つかっていない。ただ、一部の不正は容認していた、とも書いている。
ニデックは、不正を正して、過去の決算を直した。すると、ニデック1社の帳簿では、当時すでに大きな損失が出ていたことになり、配当してよい上限も、さかのぼって下がった。実際に払った額は、その上限をこえていたことになる。
ニデックの株価は、第三者委員会を置く前の2025年8月末の3,211円から、2026年10月15日には1,819円まで下がっている。配当は、2025年6月の支払いを最後に、出ていない。
2. 配当に、上限なんてあるの?
会社法という法律で、配当や自社株買い(会社が自分の株を買って、株主にお金を返すこと)に使ってよいお金は、「分配可能額」までと決まっている(461条)。
分配可能額は、ざっくり言うと、会社がこれまでにためてきたもうけの残りだ。貯金のうち「自由に使っていいお金」に近い(正確には、貸借対照表の「その他資本剰余金」と「その他利益剰余金」を足して、自分の会社の株(自己株式)などを引いて計算する)。
気をつけたいのは、この計算は、グループ全体ではなく、ニデック1社、単体で行う、という点だ。ニデックは、自分でもモーターの開発や販売をしながら、子会社(ニデックが株の半分より多くを持つなどして、経営をにぎっている会社)を340社ほどかかえる親会社でもある(2025年3月期の有価証券報告書では、連結子会社342社)。配当を払うのは、親会社のニデックだ。
そのニデック1社の純資産(会社の財産から借金を引いた残り)は、2025年3月末の2,030億円から、2026年3月末には189.8億円まで減った(監査法人がまだ「正しい」と認めていない数字なので、さらに変わるかもしれない)。1年で10分の1以下だ。グループ全体(連結)では、株主の分の純資産が7,942億円あっても、配当を払う財布は、ほとんど空になっている。
では、なぜ上限が、さかのぼって減ったのか。原因は、不正な会計で、グループの会社の損が、決算に出ていなかったことだ。過去の決算を正しく直すと、子会社の当時の成績は、見せていた数字より悪かった。そのため、直した決算では、ニデックに2つの損が出ている。1つは、ニデックが持つ子会社の株の値打ちが下がった分。もう1つは、借金のほうが財産より多くなっていた子会社について、足りない分をニデックがかぶるかもしれない分だ。2つを合わせた損は、2021年3月末の時点ですでに364億円あり、2025年3月末には1,315億円(1つ目が727億円、2つ目が588億円)にふくらんでいた(ニデックの2026年10月1日の説明資料から)。こうして、過去の各年度の、ニデック1社の「自由に使っていいお金」が減ったわけだ。
要は、こういうことだ。ニデックは、子会社の株をたくさん持つ大株主。その株の値打ちを高く見積もって、「財布にはこれだけある」と思い、配当を配っていた。ところが、子会社の成績はごまかされていて、株の本当の値打ちは見せていたより低く、借金だらけの子会社の穴うめに使う分も、数えていなかった。正しく数え直すと財布の中身は足りず、配ってはいけない額まで配っていた、というわけだ。
5年とも、実際に払った額(赤)が、直したあとの上限(緑)を上回っている。2023年度は、上限がマイナスだったのに、413億円を払っていた。
3. もらった配当、返さないといけないの?
法律の上では、上限をこえた配当を受け取った株主は、受け取った額を会社に払う義務がある(462条)。ただ、たくさんの株主に、一人ずつ返してもらうのは、手間もお金もかかる。そのため、会社が実際に株主に請求することは、ほとんどない。ニデックも、2023年にわかった分については、株主に返してもらうことは求めない、としている。今回わかった5期の分をどうするかは、10月16日の時点では、会社から発表されていない。
責任を問われやすいのは、配当を決めた取締役のほうだ。
会社が取締役の責任を問わない場合、株主が会社にかわって取締役を訴えることができる。これを「株主代表訴訟」という(847条)。ニデックでは、個人の株主が、元取締役の永守氏と小部氏に、約287億円を会社に払うよう求めて、京都地裁に訴えた(会社が2026年9月10日に発表)。2023年に見つかった分についての訴えだ。
4. 過去にもあったの?
結果は、ばらばらだ。三洋電機では、役員の責任は認められなかった。オリンパスでは、粉飾に関わった旧経営陣に、違法な配当などをふくめた約594億円の支払いが命じられている。
カギになるのは、当時の経営陣が問題に気づけたか、注意を尽くしていたか、だと日経は書いている。
5. 高配当株を持つわたしは、何を見ればいい?
分配可能額そのものは、ふつう公表されない。でも、手がかりはある。
じつは、ニデック自身も、2023年に発表した分(2022年度)は、決算を直す前の数字でも、すでに上限をこえていた。その原因の1つは、社内の会議で分配可能額ではなく、利益剰余金を目安にしていたことだとされている。分配可能額は、ためてきた利益などから、自社株買いに使ったお金を引いて計算する。ところが、ニデックの会議では、引く前の利益剰余金を見ていた。自社株買いに大きなお金を使っていたので、そのぶん、配ってよい額を多く見まちがえていたことになる。家計でいえば、カードで使った分を引かずに、通帳の残高だけを見て「まだ使える」と勘違いしてしまうようなイメージだ。力の源ホールディングスでも、原因の1つは担当者の計算の誤解だった。大きな会社でも、まちがえることがある数字だ。
6. わたしは、どう思う?
その富は完全に永続することができぬ。
明治から大正にかけて、500ほどの会社の設立に関わったとされる、渋沢栄一の言葉だ。2024年からは、1万円札の顔にもなっている。
『論語と算盤』は、1916年(大正5年)に出た本で、渋沢が話したことをまとめたもの。『論語』は、人としての正しい生き方を説いた、孔子の言葉の本。「算盤」は、そろばん、つまり商売や利益のことだ。
この言葉は、「論語と算盤は、とても遠いようで、じつはとても近い」という話の中に出てくる。渋沢は、利益のもとになるのは、人として正しい道(仁義道徳)だと述べる。そのうえで、正しい道理にそった利益でなければ、その利益は長くは続かない、と言う。だから、論語と算盤という、かけ離れて見える2つを一致させることが、今の大切なつとめだ、と続けている。
ニデックでは、配当のもとになる利益の数字が、正しくなかった。配当をもらうのは、うれしい。でも、その配当が、正しい利益から払われているのか。今回、はじめてそこに目が向いた。
お金に色はない、とよく言われる。それでも、わたしは、クリーンな利益から払われる配当がいい。渋沢の言う「正しい道理の富」でなければ、配当も長くは続かないと思うからだ。
わたしは、配当を長くもらい続けたい。増配があれば、なおうれしい。配当は、会社から毎年届く手紙のようなものだ。どうせなら、正直に書かれた手紙を、長く受け取りたい。
7. まとめ
- ニデックは、会計不正で過去の決算を直した結果、5期続けて配当と自社株買いが法律の上限をこえていたと発表。上限をこえて払った額は約2,400億円
- 配当は、会社単体でためてきたもうけなどの範囲(分配可能額)までしか払えない。過去の決算を直して、当時すでに損失が出ていたとわかると、さかのぼって上限が下がる
- 法律の上では、配当を受け取った株主にも、会社に払う義務がある。ただ、実際に求められることはほとんどない
- 責任を問われやすいのは取締役。ニデックでは、すでに株主代表訴訟も起きている
- 個人が見られる手がかりは、会社単体の数字、連結と単体の差、監査の意見、決算の訂正など
- お金に色はないが、配当は、クリーンな利益から払われるものがいい。長くもらい続けたいし、増配があればなおうれしい
・ニデックの発表:過年度修正再表示に伴う分配可能額超過に関するお知らせ(2026年9月30日)、説明資料(2026年10月1日)、決算短信(2026年9月30日)、2023年6月2日のお知らせ、第三者委員会の報告書の公表(2026年3月3日)、株主代表訴訟の提起(2026年9月10日)、外部調査委員会の報告書(2023年6月16日)
・配当の額:有価証券報告書(2023年3月期)、有価証券報告書(2025年3月期)、配当金の推移、株式分割
・特別注意銘柄:日本取引所グループ(2025年10月27日)
・会社法:e-Gov法令検索「会社法」(461条・462条・463条・847条)、EY新日本有限責任監査法人の解説(分配可能額)
・過去の例:弁護士ドットコム(オリンパス)、アゴラ(三洋電機)、力の源ホールディングスのお知らせ(2024年12月)、力の源ホールディングス(第三者委員会の調査結果、2025年2月17日)
・格言:渋沢栄一『論語と算盤』




