G7が備蓄を1億バレル放出。なぜ原油ではなく軽油からなのか、調べてみた
軽油の値段、気にしたことはあるだろうか。
10月2日、G7(主要7か国)の首脳がオンラインで集まり、石油の備蓄を1億バレル出すと決めた。4か月かけて少しずつ出し、最初の20日間は軽油を多めにする。
正直に言うと、最初はそれほど気にならなかった。わたしは東京ではペーパードライバーだし、ガソリンならともかく軽油を入れるなんて機会はない。でも、調べはじめたら、疑問が次々に出てきた。
🏭「製油所なら、ほかの国で探せばいいのでは?」
🌍「なぜ今さら、しかもG7で?」
💴「日本は円安もある。結局、なぜ価格があがっているの?」
結論から言うと、原油も足りていない。でも、軽油はもっと足りていない。原油を軽油に変える力が、いま世界のどこにも余っていないからだ。G7の合意は、軽油に困っているアメリカと、軽油を蓄えているヨーロッパの取り引きでもあった。日本の軽油が上がっていないように見えるのは、補助金で抑えているからだ。そして日本が買う原油の値段で見ると、この半年の値上がりは、円安ではなく、ほとんどが原油そのものの値上がりだった。順番に見ていく。
1. G7は、何を決めたの?
まず、決まったことを並べておく。
1バレルは約159リットル。1億バレルと聞くと、とても大きく感じる。でも、世界で使われる石油は1日に約1億バレルだ。つまり、世界の約1日分を、4か月かけて少しずつ出すことになる。
それに、備蓄を出すのは今年2回目でもある。3月にも、G7を含む32か国が入るIEAが、過去最大の4億バレルを出すと決めている。そのときの中心は原油だった。声明は3月に出した分も考えに入れるとしていて、1億バレルがまるごと上乗せなのかは、はっきりしない。それでも、今回は軽油が先頭にいる。
2. そもそも、原油はあるの?
1つ目の疑問。原油も、足りていない。
2月28日、アメリカとイスラエルがイランを攻撃した。3月からは、中東の原油の出口にあたるホルムズ海峡を、船がほとんど通れなくなっている。戦争の前は1日に130〜140隻ほどが通っていたのが、夏には1日5隻ほどまで減ったと報じられている。
世界の原油の値段の目安になるのは、イギリス沖の北海でとれる「ブレント」という原油だ。1バレルあたり、戦争の前の約72ドルから、10月2日には約102ドルになった。4割上がっている。
軽油は、原油を製油所で温めて分けると取れる燃料の1つだ。トラック、船、農業の機械、工事の機械。ものを運んだり、つくったりする仕事の燃料で、ヨーロッパでは暖房にも使われる。
ロシアでは、その製油所がウクライナのドローンに何度も狙われている。ロシアは、もともと世界有数の軽油の売り手だ。それが国内の燃料が足りなくなり、7月から軽油の輸出を止めた。ヨーロッパは、ウクライナ侵攻への制裁で2023年からロシアの軽油を買っていないけれど、トルコや南米、アフリカなどが買っていた。その国々がほかから買うことになれば、世界中で軽油の取り合いになる。
世界で軽油ができるまでを、1本の鎖にたとえてみる。原油を掘る、船で運ぶ、製油所で軽油に変える、お店に届ける。鎖の強さは、いちばん弱い輪で決まる。いま、世界の鎖には弱い輪が2つある。原油を運ぶ輪(中東の海峡)と、軽油に変える輪(ロシアの製油所)だ。原油は、運ぶ輪までで届く。でも軽油は、その先の変える輪まで要る。弱い輪を2つとも抱えるぶん、軽油のほうが足りなくなる。
3. 製油所なら、ほかの国で探せばいいのでは?
2つ目の疑問。
実は、G7も同じことを呼びかけている。軽油をつくる力のある国には、つくる量を増やしてほしい。製油所の点検の時期は、重ならないようにずらしてほしい。製油所は数年に1度、数週間止めて大きな点検をする。アメリカでは、燃料の需要が少ない春と秋に集まる。
でも、すぐには増えない。理由は3つある。
1つ目、アメリカの製油所は、もう満杯に近い。 8月中旬から9月上旬にかけて、アメリカの製油所は、動かせる力の97〜98%で動いていた。9月末は92.5%まで下がったが、秋の点検の時期に入ったためとみられる。そのうえ、アメリカの軽油の在庫は、9月25日の時点で、記録が残る1982年以降、この時期としてはいちばん少ない。
2つ目、アジアの製油所は、まず材料の原油を集めるので手いっぱい。 アジアには、中東の原油に頼る国が多い。日本も、原油の94%を中東から買ってきた(2025年)。3月からは中東以外から代わりの原油を集めて、7月には、ほぼ全量をまかなえる見通しになった。ただし、市場の値段に上乗せを払って買っている。日本の軽油の輸出も、4月には1〜2月の5分の1以下まで減った。
3つ目、新しい製油所は、すぐには建たない。 建てるには、何年もかかる。
軽油をつくる力が余っている場所が、いまの世界にほとんど見当たらない。だから、蓄えておいた軽油を出して、新しくつくれるようになるまでの時間をかせぐ。
4. なぜ今さら、しかもG7で?
3つ目の疑問。先に、関係を1枚の図にしておく。
日本が困っているのは「原油の流れ」で、ヨーロッパとアメリカが困っているのは「軽油の流れ」だ。同じニュースでも、困りごとの種類がちがう。
なぜ今さら? 3月の放出は原油だった。戦争で原油が届かなくなったからだ。ところが夏に入って、ロシアの製油所への攻撃が激しくなり、軽油の輸出も止まった。アメリカの軽油は9月21日の週に1ガロン(約3.8リットル)6.529ドルと、記録が残る1994年以降でいちばん高くなった。2月末から7割ほど上がっている。原油を出すだけでは、軽油の不足には効かない。だから今回は、軽油を先に出す。
なぜG7で?
9月の終わり、アメリカは「軽油の輸出を止めるかもしれない」と言い出した。ヨーロッパは、使う軽油をすべて自分たちではつくれず、足りない分を外から買っている。今年、EU(ヨーロッパの27か国の集まり)が外から買った軽油の約3割は、アメリカからだ。イギリスやフランスなどの北西ヨーロッパに限ると、6割近くになる。止められたら、ヨーロッパが困る。
しかも、アメリカの国の備蓄は、ほとんどが原油だ。軽油としての備蓄は、北東部の暖房用の100万バレルしかない。一方、EUの国々は、条件によっては備蓄の3分の1以上を、軽油などの形のまま持つ決まりになっている。
アメリカは国内の軽油の値段に困り、ヨーロッパはアメリカの軽油が止まることを心配していた。結果として、G7と、協力するほかの国で、軽油を前倒しで出すことが決まった。トランプ大統領は会合のあとで「輸出は止めない」と話している。EUのトップのフォンデアライエン委員長も、それを歓迎した。
ヨーロッパが備蓄の軽油を使えば、アメリカから買う量を減らせる。アメリカは国内の軽油に余裕ができ、輸出を止めなくてすむ。アメリカとヨーロッパのあいだの取り引きなので、首脳がそろうG7の場が使われたのだと思う。
5. 日本の軽油は、いくらなの?
ここからは、値段を並べて見ていく。日本・アメリカ・ドイツの軽油の店頭価格を、1リットルあたりの円に直した。点線は、日本で補助金がなかった場合の値段だ。
日本の店頭の値段は、ほとんど平らだ。9月28日は159.5円で、戦争の前(2月24日)の145.2円から1割しか上がっていない。
ただし、これは国の補助金で下げた値段だ。3月19日から、ガソリンを全国平均で170円程度に抑える補助が始まり、軽油にも同じ額が出ている。9月28日の週の補助は、1リットルあたり51.0円。補助がなければ、210.5円だった計算だ。
補助なしで比べると、日本の上がり方(45%)は、ドイツ(41%)とあまり変わらない。いちばん上がっているのはアメリカだ。ヨーロッパがアメリカの軽油を買っているので、アメリカの国内の値段も、それに引っぱられて上がっている。
ひとつ気をつけたいのは、日本の「補助なし」の値段が、国の計算式で出した目安だということだ。計算のもとは原油の値動きで、軽油だけが足りないことによる値上がりは、そのまま入っているわけではない。
補助金のお金は、国の予算から出ている。燃料の補助は、形を変えながら2022年1月から続いていて、今年3月にも、そのための予算が7,948億円足された。日本の人口(約1億2,268万人)で割ると、この3月の分だけで、赤ちゃんまで含めて1人あたり約6,500円になる。店頭で払わなかった分を、税金という別の財布で払っている。
北海道の軽油は、9月28日で161.8円だった。全国より少し高い。わたしの地元の十勝は、車がないと暮らせない場所だ。畑のトラクターも軽油で動く。東京にいると見えにくいけれど、この値段が効く場所は多い。
6. ヨーロッパは、国によってちがうの?
ちがう。目を引いたのは、軽油とガソリンの値段の差だ。
ヨーロッパでは、軽油にかける税金を低くしている国が多い。だから、ふだんは軽油のほうが安い国が多く、去年の6月末は、EUの27か国のうち17か国で軽油のほうが安かった。それが、いま逆転している。
戦争の前(2月23日の週)は、軽油のほうが高い国と安い国が、ほぼ半々だった。9月末は、27か国のうち24か国で、軽油のほうが高い。いちばん差が大きいのはスウェーデンで、軽油が1リットルあたり97円高い。軽油がガソリンより高いのは、軽油だけが特に足りていない、という目印になる。
日本は、戦争の前も今も、軽油のほうが11〜12円安いまま、ほとんど変わっていない。補助金が、軽油にもガソリンにも同じ額だけ出ているからだ。
もともと日本は、軽油を国内の製油所でつくり、余った分を輸出してきた国だ。2025年は、国内でつくった軽油の約17%を海外に売っていた。ヨーロッパのように、軽油を輸入に頼ってはいない。
7. 円安のせい? 足りないせい?
4つ目の疑問。日本には円安もある。わたしは、円安と、原油や軽油が足りないことと、いろいろ重なっているように感じていた。
原油は、ドルで売り買いされる。日本の会社が払う円の値段は、ドルの値段に為替をかけたものだ。日本がふだん買っている中東の原油は、ドバイの値段が目安になる。そのドバイを、ドルで見た場合と円で見た場合で並べてみた。
図は、2021年1月の値段を100として見ている。9月は、ドルで見ると172、円で見ると260だ。ここから、上がった分を「原油そのもの」と「円安」に分けてみた。
この半年に限ると、円安はほとんど効いていない。ドル円(1ドルが何円か。数字が大きいほど円安)は、2月の平均155.0円から9月の平均156.4円と、ほぼ同じだった。値上がりのほとんどは、原油そのものが足りなくなったせいだ。
でも5年で見ると、円安が4割ほどを占める。2021年1月のドル円は、平均103.7円だった。
そして、ドルで見ると、9月の値段は2022年6月(この5年でいちばん高かった月)より約2割安い。それなのに円で見ると、その6月の約6%下まで来ている。その差が、あいだに積もった円安の分だ。
わたしが感じていた「いろいろ重なっている」の重なり方は、時間で分かれていた。長い時間をかけて土台に積もったのが円安で、この半年で上に乗ったのが、原油が足りないこと。そして店頭では、その両方が補助金で見えにくくなっている。
8. わたしの見方
鎖のいちばん弱い輪を超えられない。
ほかの輪が、どれほど強くても。
トマス・リード『人間の知的能力に関する試論』(1785年)
「鎖の強さは、いちばん弱い輪で決まる」ということわざのもとになったとされる一文だ。
リードは、18世紀のスコットランドの哲学者だ。もともとは、考えを1つずつ積み重ねて結論を出すときの話だった。途中に1つでもあやしい考えがあれば、ほかがどれほど確かでも、結論はそのあやしさを超えられない。
軽油も、同じ形をしていた。どこか1つの輪が弱ると、ほかの輪が丈夫でも、軽油は足りなくなる。ヨーロッパとアメリカにとっての弱い輪は、世界で原油を軽油に変える力。日本にとっての弱い輪は、原油を運んでくる中東の海だ。
今回の備蓄の放出は、弱った輪を、蓄えておいた軽油で補うもの。輪そのものを直すわけではない。原油や軽油の値段の先は、わたしには読めない。
店頭の値段だけなら、軽油は「上がっていない」ように見える。でも、補助金の分は、別の財布から払っている。そして、ものを運ぶ燃料の値段は、時間をかけて、スーパーの値段にも届く。10月1日の記事で書いた「年収が物価に追いつかない」の、理由の1つにもなりそうだ。
9. まとめ
- G7は、石油の備蓄を1億バレル(世界の約1日分)出すと決めた。最初の20日間は軽油が中心
- 原油も足りない(ホルムズ海峡)。軽油は、ロシアの製油所への攻撃と輸出停止が重なり、もっと足りない
- 製油所はほかにもあるが、アメリカは満杯に近く、アジアは原油を集めるので手いっぱい。すぐには増えない
- G7の合意は、軽油に困るアメリカと、軽油を蓄えるヨーロッパの取り引きでもあった
- 日本の軽油は店頭159.5円。補助がなければ210.5円で、上がり方はドイツと近い
- ヨーロッパの多くの国で、軽油がガソリンより高くなった。日本は差が変わっていない
- 日本が買う原油の値上がりは、この半年はほぼ原油そのもの。5年で見ると、円安が4割ほどを占める
・3月の備蓄放出:IEA(2026年3月11日)
・世界の石油の需要:アメリカエネルギー情報局(EIA)「Short-Term Energy Outlook」(2026年9月)
・ホルムズ海峡:Al Jazeera(2026年8月27日)、CSIS
・ロシアの軽油の輸出停止:The Moscow Times(ロイター配信、2026年7月8日)、TASS。ロシアの軽油の買い手はEIA、Hydrocarbon Processing(ロイター配信、2025年1月)。EUのロシア産石油製品の輸入禁止(2023年2月5日から)はEU理事会
・アメリカの製油所・在庫・軽油の値段:AFPM「Refinery Turnarounds 101」(点検の周期と時期)、EIA「製油所の稼働率」「中間留分の在庫」「軽油の小売価格」
・ドイツの燃料の減税:ドイツ連邦政府「Tax cut on diesel and petrol」。アメリカの燃料税を止める案:TIME(2026年5月12日)
・アメリカの輸出を止める話:The Washington Post(2026年9月22日)、CNBC(2026年9月28日)、RTÉ(2026年10月2日)、NBC News、毎日新聞(2026年10月3日)
・ヨーロッパの軽油の輸入:Euronews(2026年9月25日、Kplerのデータ)
・備蓄の仕組み:アメリカエネルギー省「Northeast Home Heating Oil Reserve」、EU指令2009/119/EC(第3条・第9条)
・日本の原油の中東依存:JETRO(財務省貿易統計、2026年2月)。代わりの原油の調達は資源エネルギー庁「緊急的激変緩和措置」の「支給単価の算定方法変更について」
・日本の軽油の生産・輸出:石油連盟「統計情報」(2025年、経済産業省の統計から)
・日本の軽油の値段・補助金:資源エネルギー庁「石油製品価格調査」、同「緊急的激変緩和措置」(支給単価、全国平均価格のグラフ、支援策の推移)、同「エネこれ」(2026年5月15日)
・補助金の予算(2026年3月の予備費):財務省「令和7年度一般会計予備費使用」(2026年3月24日閣議決定)
・人口:総務省統計局「人口推計」(2026年8月1日概算値)
・ヨーロッパの軽油・ガソリンの値段:欧州委員会「Weekly Oil Bulletin」(税込み・税抜き)
・原油・為替:世界銀行「Commodity Markets(Pink Sheet)」(ドバイ原油の月平均、2026年10月版)、Yahoo Financeの日々の終値(ブレント原油先物、ドル円、ユーロ円)
・格言:Thomas Reid, Essays on the Intellectual Powers of Man(1785年)




