アメリカの学校で『進撃の巨人』が「禁書」に。理由を調べてみた
10月12日の日本経済新聞の電子版に、「米公立校で1万冊超が禁書に、「進撃の巨人」も対象」という見出しが載っていた。
いまの時代に「禁書」。まず、その言葉にびっくりした。でも、見出しだけではわからない。実際はどうなのか、確かめてみないといけない。
『進撃の巨人』は、全部読んだ。『炎炎ノ消防隊』も、アニメは全部見ている。日経の記事は会員限定だった。そこで、記事のもとになったアメリカの団体の報告書を読んでみた。
🔢「1万冊の中身は?」
🗡「なぜ、この作品なの?」
🗾「日本では?」
🐾「わたしは、どう思う?」
結論から書くと、「1万冊」は本の数ではなく、同じ本を何度も数えた「延べ」の件数。そして、作品ごとの理由は、ほとんど公表されていない。報告書が挙げているのは、本がまとめて外される仕組みのほうだ。
ひとつずつ見ていく。
1. 「禁書」って、何をしたら禁書なの?
報告書を出したのは、ペン・アメリカという、作家などでつくる非営利の団体だ。この団体は、本の内容を理由に、学校の図書館や教室から本を外すことを「禁書(英語では book ban)」と呼んでいる。
外すだけではない。親の許可がないと借りられないようにする、読める学年を上げる、学校が審査しているあいだ、一時的に棚から外す。こうしたことも、数に入れている。
ただ、数え方は1つではない。
外す側にも、言い分がある。テキサス州の新しい法律「SB 13」を議会に出したアンジェラ・パクストン州上院議員は、2025年に州議会で法案を説明したとき、目的を「性的にあからさまな内容から、子どもを守ること」と話している。わが子の目にふれる本を、親が見て決められるようにする、とも説明していた。
数え方そのものへの反論もある。保守系の雑誌ナショナル・レビューは、一時的な撤去や閲覧の制限まで「禁書」と呼ぶのは大げさだ、と批判している。フロリダ州の教育省も、2026年9月、「フロリダは本を禁止していない」と答えている。
この記事では、ペン・アメリカの数字を使う。
2. 「1万冊」の中身は?
まず、数字の意味から。アメリカの公立校は、「学区」という単位で運営されていて、図書館の本を外すかどうかも学区ごとに決める。1万1,982は、本の冊数ではない。同じ本が10の学区で外されれば、10件と数える。重なりを除いた本の題名の数は、7,370タイトル(マンガは1巻ずつ別の題名として数える)。外した学区は全米で114で、学区の数も過去最多だという。
2024〜25年度は、いったん減っていた。それが2025〜26年度に、一気に過去最多になった。
8,193件
3,212件
合わせて577件
かたよりも大きい。テキサス州とフロリダ州の2州で、全体の9割以上を占める。報告書によると、外した学区の72%で、きっかけを州の法律にたどれるという。
そして、外された件数が多い著者の上位10人に、日本のマンガ家が3人入っている。
報告書の図には、『ドラゴンボールZ』や『東京喰種』の名前もあった。
3. なぜ、この作品なの?
いちばん知りたかったのは、ここだ。でも、ペン・アメリカが公開している学区ごとの一覧(2025〜26年度の分は、まだ公開されていない)には、理由を書く欄がない。並んでいるのは、題名、著者、州、学区、日付、外し方だけだ。
わかっているのは、州ごとの基準だ。このあと取り上げる3作品(『進撃の巨人』『炎炎ノ消防隊』『暗殺教室』)が2024〜25年度に外された学区の多くは、テネシー州にある。そこで、テネシー州と、件数がいちばん多いテキサス州を並べてみる。
報告書は、本がまとめて外される仕組みも挙げている。①と②は、とくにマンガの話として書かれている。
作品の全体を見ずに、1コマだけを切り出して「不適切」とする
1度に20〜50冊がまとめて消えることもある
1冊が外されると、同じ作者のほかの本まで、外す対象になりやすい。名前が挙がっているのは、スティーブン・キング、大久保篤さん、諫山創さんなど
外す本をAIで選んだテキサス州の学区では、AIが「ほかの学区で外されているから」という理由で、撤去をすすめた記録もある
1位のスティーブン・キングも、③の例に挙がっている。ペン・アメリカの担当者は2025年10月、キングの本は「大人向け」「性的な内容」の本を広く外す流れに巻き込まれている、と説明していた。報告書は、同じ③の例に、大久保篤さんと諫山創さんの名前も挙げている。
では、3つの作品を見てみる。
2024〜25年度は、テキサス州のノースイースト学区(2024年8月)、テネシー州のウィルソン郡の学区(同10月)、ノックス郡の学区(同12月、第2巻)など。2025〜26年度は、最終の第34巻が初めて記録された
作品ごとの理由は、公表されていない。テネシー州では、2024年の法律の改正で「裸」「過度の暴力」が外す基準に入った。ウィルソン郡は約400冊のリストを出し、進撃はシリーズ全部が入っていた
人を食べる巨人と、壁の中で暮らす人たちの戦いの物語。人が食べられる場面が、何度も描かれる
物語の後半の、国や民族の対立の描き方を、現実の歴史のたとえとして読む論評が、海外のメディアにいくつも出ている。2021年には、アニメの製作委員会が、作中で差別の象徴として描かれた腕章をグッズにしたことを謝罪し、販売をやめた。ただ、学区がこれを理由にした記録は見つからない
作品をめぐっては、いろいろな考察があり、その影響もあるかもしれない。ただ、理由が公表されていない以上、真相はわからない。
2024〜25年度は、バージニア州のキングジョージ郡の学区(2024年8月、第1巻の閲覧を制限)、テネシー州のラザフォード郡の学区(2025年4月)など
作品ごとの理由は、公表されていない。ラザフォード郡では2024年11月、第1巻が審査にかけられた。外すことを求めた側は「ポルノ的だ」と主張した
人の体が突然燃え出す「人体発火」と戦う、消防隊の物語。海外のアニメの評論では、女性の隊員のお色気の場面が批判されたことがある
大久保篤さんの件数は、2024〜25年度の45件から、2025〜26年度は106件に増えた。報告書は、大久保さんを、作者にレッテルが貼られる例に挙げている
2024〜25年度は、フロリダ州のヒルズボロ郡、テキサス州のナコドチェス学区とラマー学区、サウスカロライナ州のホリー郡など8つの学区で、合わせて54件。2025〜26年度の報告書の図にも、名前が出ている
3作品のなかで、申し立てた側の理由が、問題にした場面まで記録に残っているのは、これだけ。ホリー郡で2024年、高校1年生の保護者が「銃・ナイフ・殺しの場面」と「下着姿」を理由に申し立てた。学区の再審査委員会の判断を経て、2024年11月に撤去が決まった。この判断には、5年間は異議を申し立てられない。ただ、委員会がどう判断したかの理由は、公表されていない
「地球を壊す」と予告した担任の先生を、生徒たちが卒業までに暗殺する、という設定の物語。生徒思いの先生と生徒たちの話として読まれることが多い
題名や設定、1コマだけを見ると、どれも物騒に見える。でも、作品の全体を読んで決めたのかどうかは、外からはわからない。
4. 日本では?
日本にも、似たことがあった。
2012年12月、島根県の松江市の教育委員会の事務局(教育委員会の仕事を実際に進める職員たち)が、市内の小中学校に、マンガ『はだしのゲン』を閉架にするよう求めた。閉架は、子どもが自由に手に取れない書庫に移すことだ。理由は、「首をはねたり、女性に乱暴したりする場面」があることだった。
その少し前には、市民が「歴史認識」を理由に、学校の図書館から外すよう求める陳情(お願いの文書)を出していた。市議会は、それを採択していない。
そして2013年8月26日、教育委員会は、全員一致で要請を撤回する。理由は、教育委員会の委員たちに相談せずに、事務局だけで決めた「手続きの不備」だった。
並べてみると、同じ「外す」でも、きっかけも終わり方もちがう。なんでも比較してみると、解像度が上がる気がする。
日本の図書館には、日本図書館協会が1954年に採択し、1979年に改訂した「図書館の自由に関する宣言」がある。そこには、「図書館は資料収集の自由を有する」と書かれている。著者の思想や宗教、党派の立場にとらわれて、本を排除しない、という一文もある。宣言には、戦前の図書館が、国の「思想善導」(国が望む考え方へ国民を導くこと)の役割を担ったことへの反省も書かれている。
5. わたしは、どう思う?
そして世の中は、火のついたマッチを持って
走りまわる人で、いっぱいだ。
アメリカの作家、レイ・ブラッドベリの言葉だ。ブラッドベリが1953年に書いた『華氏451度』は、本を持つことが禁じられた未来の物語だ。そこでの消防士の仕事は、火を消すことではない。本を燃やすことだ。
1979年、ブラッドベリは、高校生向けに出されていた自分の本の版で、知らないうちに言葉が削られていたことを知った。この言葉は、その年に出た新しい版のあとがきに書いたものだ。燃やさなくても、削ることは、本を焼くことの1つになる、ということだと思う。
『進撃の巨人』が学校の図書館に並んでいても、わたしはとくに問題だとは思わない。たしかに、暴力の描写には生々しいところがある。でも、リアルに描くことそのものが悪いわけではない。人がもっとたくさん死ぬマンガは、ほかにいくらでもある。問われているのは描写の良し悪しではなく、見せるか、見せないか、なのだと思う。
小説も、マンガも、教育も、選ぶ自由があることが大事な気がしている。そこにだれかの恣意的な判断が入りこんで何かを制限すれば、読む人が進んでいける方向そのものを、狭めてしまう。くさいものに蓋、とまでは言わない。でも、自分たちが見せたくないものを遠ざけるのは、あまりいいことではないのかもしれない。
日本でも、アメリカの原爆の映画『オッペンハイマー』は、アメリカより8か月ほど遅れて公開された。配給会社は「さまざまな議論と検討の末」に公開を決めたと説明していて、国が禁止したわけではない。それでも、見せたくないものを遠ざけるという点で、わたしには根っこが同じに見える。
世の中には、いろいろな人がいて、いろいろな考え方があって、いろいろな視点がある。本でもマンガでも、読めば何かしらの学びになる。それを「正しいか、間違っているか」だけで測らない。そういうものさしを持つことも、大事なのだと思う。
日本の文化であるマンガが「禁書」と呼ばれるのは、単純に悲しい。そして、だれかが火をもって本を焼くような社会は、健全ではないような気がする。
6. まとめ
- アメリカの公立校で、2025〜26年度に延べ1万1,982件の本が外された。過去最多
- 「1万冊」は延べの件数。重なりを除くと7,370タイトルで、テキサス州とフロリダ州で9割以上
- 「禁書」の数は、数える人でちがう。一時的な撤去まで数えるのは大げさ、という批判もある
- 著者別の上位10人に、日本のマンガ家が3人。作品ごとの理由は、ほとんど公表されていない
- 問題にした場面までわかったのは『暗殺教室』の保護者の申し立てだけ。報告書は、1コマだけの判断やシリーズごとの撤去を挙げている
- 日本でも、松江市の教育委員会の事務局が『はだしのゲン』を閉架にするよう求め、撤回したことがある。わたしは、本は選ぶ自由があることが大事な気がしている
・報告書:PEN America「A Spotlight on School Book Bans」(2026年10月5日)、同 FAQ(数え方)、同 2024〜25年度の学区別データ
・ほかの数え方:AP(2026年10月5日)、アメリカ図書館協会の2025年の集計、National Review、WUSF(フロリダ州の集計、2026年9月15日)
・外す側の言葉:KWTX(パクストン議員の説明、2025年4月7日の報道)、WCTV(フロリダ州教育省の声明、2026年9月30日)
・テキサス州の法律:Texas Legislature「SB 13」
・テネシー州・炎炎ノ消防隊:Anime News Network(2024年11月27日)
・暗殺教室:WMBF News(2024年11月15日)
・進撃の巨人の腕章:デイリースポーツ(2021年11月15日)
・スティーブン・キング:NBC News(2025年10月2日)
・はだしのゲン:日本経済新聞(共同、2013年8月17日)、同(2013年8月26日)
・図書館の自由:日本図書館協会「図書館の自由に関する宣言」
・オッペンハイマー:シネマトゥデイ(2023年12月7日)
・格言:Ray Bradbury, "Fahrenheit 451"(1979年版のコーダ)。原文は「There is more than one way to burn a book. And the world is full of people running about with lit matches.」訳はわたし




