犬は、がんのにおいまで分かるの?夢のある話こそ、確かめてから
犬を飼っている人なら、一度は覚えがあるかもしれない。落ちこんでいると、そっと寄ってくる。話しかけると、首をかしげて、じっと聞いている。
その犬が、飼い主の顔と声の「ずれ」に気づいているらしい。日経新聞が、そんな研究を紹介していた。顔は笑っているのに、声は怒っている。そんなちぐはぐさに、犬の脳が反応するという。
でも、犬はどこまで、人のことが分かるのだろう。がんのにおいまで嗅ぎ分ける、という話も聞いたことがある。夢のある話を聞くと、つい信じたくなる。だから今回は、それぞれの話が、どこまで確かめられているのかを見ていく。
1. 犬は、飼い主の顔と声の「ずれ」に気づく
研究をしたのは、麻布大学や奈良先端科学技術大学院大学などのグループだ。家で飼われている犬3頭に、頭に電極をつけて、脳波を測った。
研究グループは、犬が飼い主の顔と声を合わせて、気持ちを受け取っている可能性がある、としている。これから、犬の数を増やして調べていくという。
犬は、声のどこを聞いているのだろう。以前、ある講演で「調べられる限りの動物は、絶対音感だ」という話を聞いた。絶対音感は、ほかの音とくらべなくても、ひとつの音の高さが分かる力のことだ。人も生まれたときは絶対音感で、その証拠に、耳から入った音を受け取る脳の細胞は、ピアノの鍵盤と同じ並び方をしている、という話だった。
調べてみると、並び方のほうは確かめられている。耳の奥の「蝸牛(かぎゅう)」でも、その先の脳でも、低い音から高い音へ、順番に担当が並んでいる。
絶対音感のほうは、まだ研究の途中だ。大人は、音と音の間隔で聞くことが多い。でも、生後8か月の赤ちゃんは、音の高さそのものを手がかりにして聞いている、という研究はある(2001年)。ただ、犬が絶対音感かどうかを調べた研究は、見つけられなかった。
講演で聞いた絶対音感の話が本当だとすると、犬が声の微妙な変化をくみ取るというのは、なんとなく納得がいく。
2. がんのにおいまで、分かるの?
同じ講演で、海外では、がんのにおいを嗅ぎ分ける役で犬が使われている、という話も聞いた。犬の鼻は、人よりずっと敏感だ。がんの人の息や尿には、がんでない人とはちがうにおいの成分がまじる、と考えられている。
いまどこまで来ているのかを、調べてみた。
日本では、群馬県が2023年度から、大学に研究を頼んだ。2026年9月の県議会で、乳がんや悪性リンパ腫の患者と健康な人の尿を、8割ほど嗅ぎ分けられるようになった、と答えた。
イスラエルの会社の研究で、息のにおいを嗅ぐのはラブラドール・レトリバー6頭。犬がどう反応したかは、センサーとカメラの記録をAIが読み取る。乳がん・肺がん・大腸がん・前立腺がんの4つで、1,386人を調べた。
数字だけ見ると、94%はかなり高い。でも、がんの検査では、当たる割合が高くても、それだけでは足りない。
1,000人が受けた場合で考えると、分かりやすい。
がんの人は、ほとんど見つけられる。でも、がんでない人がたくさんいるので、そのうち6%弱がまちがえて「がんかも」と言われるだけで、57人になる。「がんかも」と言われた人の多くは、実はがんではない。結局、病院で精密検査を受けて、白黒をつけることになる。
精密検査では、カメラなどで直接見て、怪しいところがあれば組織を少し取り、顕微鏡で調べる。がんかどうかを最終的に決めるのは、この顕微鏡の検査だ。例えると、空港の金属探知機が鳴ったら、係の人がかばんを開けて中身を見るのに近い。
探知機の役割だけでも、犬が嗅ぎ分けられるなら、価値は高いと思う。とくに初期のがんだ。イスラエルの会社の研究では、初期のがんでも、見つけた割合は94.8%だった。息を吹きこむだけで、4つのがんをまとめて調べられる。
ただ、この研究は、がんが疑われて検査を受ける人も集めていたので、参加した人の4人に1人ががんの人だった。ふつうの検診では、がんの人はもっと少ない。国の検診になるには、ふつうの人が受けても当たることが必要だ。それに、がんが見つかるだけでは足りない。検診を受けた人と受けなかった人をくらべて、がんで亡くなる人が本当に減るのか。そこまで確かめる必要がある。犬は、まだその手前にいる。
3. 自費の検査や治療に、わたしは飛びつかない
がんの話になると、どうしても、あやしいにおいのする治療の話もまじってくる。だから、自費の検査や治療についても、ここで触れておきたい。
ちなみに、犬に息を嗅いでもらう検査は、自費で受けられるものもある。2024年12月の紹介記事では、1回38,000円だった。
結論から言うと、効果が確かめられていない、がんの自費の検査や治療は、わたしは受けない。
よく見かけるのは、「最先端」をうたう自費の治療だ。でも、国立がん研究センターは、自費で行われる免疫療法は、効果が証明されていない、と注意をうながしている。効果が認められている免疫療法は、一部の薬に限られていて、それは保険で受けられる。
お金の勉強ができるYouTubeチャンネル「リベラルアーツ大学」の両学長も、「標準治療は最高治療」と話していた。
「標準」と聞くと、ふつうの、並の治療に聞こえる。でも、医療の「標準治療」は、科学的な根拠にもとづいて、いま受けられるいちばんよい治療のことだ。いちばん確かめられた治療、と言ってもいい。新しい治療が「標準」になるには、それまでの標準治療より優れていると証明されなければならない。
しかも、保険がきく。医療費が高くなっても、高額療養費制度で、ひと月に払う額には上限がある。わたしが、民間の医療保険に入らず、貯金で備えているのも、この仕組みがあるからだ。
検査も同じで、まずは国がすすめる5つのがん検診だと思う。どれも、受けるとがんで亡くなる人が減ることが分かっている。
わたしも、健康診断を毎年受けている。
夢のある話に飛びつくより、確かめられたものを選んで、淡々と続ける。投資も同じだ。投資家のウォーレン・バフェットは、1991年の株主への手紙に「株式市場は、せわしなく動く人から、辛抱強い人へお金が移る場所だ」と書いている。わたしがオルカン(世界中の株にまとめて投資する投資信託)を積み立て続けているのも、地味だけれど、辛抱強く続けた人が結果を出してきた歴史があるからだ。
アメリカの思想家エマソンが、1860年の本『処世論』の「力」という章に書いた言葉だ。この章は、人が何かを成しとげる力はどこから来るのか、を考えている。その中で、エマソンは健康を「第一の富」と呼んだ。病気になると、自分を保つだけで精いっぱいになり、ほかの人のために力を使えない、とエマソンは続けている。
声で飼い主の気持ちを読み取ったり、においで病気を見つけたり。犬の力は、思っていた以上なのかもしれない。ただ、どこまで頼れるかは、まだ研究の途中だ。
それまでは、確かめられた検診を受けて、確かめられた治療を選ぶ。お金も、働く力も、旅行の楽しみも、健康という第一の富があってこそ。そこには適切にお金をかけるべきだ。
4. まとめ
- 飼い主の顔と声が食い違うと、犬の脳波に大きな反応が出た。ただし、調べた犬は3頭で、まだ「可能性がある」という段階だ
- がんのにおいを嗅ぎ分ける犬の研究は、海外でも日本でも進んでいる。でも、国のがん検診に使う段階には来ていない
- 94%当たる検査でも、がんの人が少ないので、「がんかも」と言われた人の多くは、実はがんではない
- 自費で受ける免疫療法は、効果が証明されていない。いちばん確かめられた治療が、保険のきく標準治療だ
- 標準治療は最高の治療。だからわたしは、効果が確かめられていない、がんの自費の検査や治療は受けない
- 夢のある話に飛びつくより、確かめられたものを選んで淡々と続ける。健康も、投資も同じだと思う
・犬の脳波の研究:麻布大学「飼い主の『顔と声』が食い違うと、犬の脳波に違い」(10月21日)、Koike ほか「Event-related potentials to emotional incongruence in dogs using non-invasive EEG」(Scientific Reports、2026年8月22日)
・脳の並び方:Formisano ほか「Mirror-symmetric tonotopic maps in human primary auditory cortex」(2003年)
・耳の奥の並び方:Greenwood「A cochlear frequency-position function for several species--29 years later」(1990年)
・赤ちゃんと音の高さ:Saffran・Griepentrog「Absolute pitch in infant auditory learning」(2001年)
・がんを嗅ぎ分ける犬(海外):「Non-invasive multiple cancer screening using trained detection canines and artificial intelligence」(Scientific Reports、2024年11月)、Science News「Dogs team up with AI to sniff out cancer」
・がんを嗅ぎ分ける犬(群馬県):上毛新聞「がん探知犬、患者の尿を8割の精度で嗅ぎ分け」(2026年9月25日)、群馬県「探知犬医学研究業務の審査結果について」(2023年8月18日)
・国の考え:衆議院「がんの早期発見における犬の活用に関する質問に対する答弁書」(2025年6月6日)
・精密検査:国立がん研究センター がん情報サービス「組織診検査」
・自費の検査キットの値段:petan「がん探知犬って何をするの?」(2024年12月23日更新)
・標準治療:リベラルアーツ大学「『健康資産』を失わないために、トンデモ医療には気をつけよう」(2024年12月)、国立がん研究センター がん情報サービス「標準治療」、同「免疫療法 もっと詳しく」
・高額療養費制度:厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
・がん検診:厚生労働省「がん検診」
・バフェットの言葉:バークシャー・ハサウェイ 1991年 株主への手紙
・格言:ラルフ・ウォルドー・エマソン『処世論(The Conduct of Life)』(1860年)
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