十勝が「AI農業特区」に。無人トラクターは本当に公道を走るのか、十勝出身のわたしが調べてみた
日経が今年1月に帯広に支局を開いたときも、なんだかうれしかった。
10月10日、高市首相がXで、十勝の「AI農業特区」を紹介していた。帯広市など十勝の19市町村が、9月に国の特区に指定されたという話だ。ロボットトラクターが公道を自動で走る、ドローンで農薬をまく。そんな実証が、十勝で進められるという。
わたしは十勝で生まれ育ち、いつか十勝に帰るつもりでいる。同級生には、じゃがいも農家もいる。十勝は、畑作と酪農の一大拠点だ。選ばれた理由は、なんとなく想像がつく。それでも、中身を読むと、知りたいことが出てきた。
🥔「十勝の畑は、いまどうなっているの?」
🤔「特区になると、なにが変わるの?」
結論から言うと、無人のトラクターが公道を走ってよい、とはまだ決まっていない。これから実証をしながら、国が条件を決めていく段階だ。十勝が選ばれた理由も、数字で見るとはっきりする。1軒あたりの畑の広さは、北海道を除く都府県平均の18倍以上。その広い畑を、減っていく人手で回さなければならない。順番に見ていく。
1. 何が決まったの?
特区(国家戦略特区)は、国が地域を決めて、ふつうは認められない規制をゆるめ、新しい取り組みを試せるようにする仕組みだ。十勝の特区は、次の流れで決まった。
目標は、十勝を「AI農業先進地」にすることだ。研究機関やIT企業を呼び込み、AIを使った農業の技術を十勝で開発・実証して、全国に広げる。区域方針には、そのための課題として「人手不足・コスト高」がはっきり書かれている。
提案された11項目のうち、畑の仕事に関わる主なものは次のとおりだ。
農薬の数え方や通信のように、すでに見直しが終わったものもある。でも、いちばん注目されているロボットトラクターは、まだこれからだ。
2. 無人トラクターは、どうやって公道を走るの?
いまのルールでは、無人で動けるトラクターでも、公道を移動するときは人が運転しなければならない。畑の中では無人で働けるのに、畑から畑へ移るたびに、誰かが乗る必要がある。
十勝の農家にとって、これは小さな話ではない。十勝の畑は、1軒の農家でも1か所にまとまっていないことが多い。十勝側の資料によると、1軒あたり平均7か所に分かれていて、そのあいだは公道でつながっている。
そこで十勝が提案したのが、人が運転するトラックを見張り役にして、一緒に列で走る方法だ。
国は、2026年度から段階的に実証をしながら、内閣府・警察庁・国土交通省で具体的な条件を早く決める、としている。8月には、公道を自動で走るための国の調査に、農機メーカーや大学が加わることも決まった。北海道新聞は9月、10月中旬までに公道での実証を始めると伝えていた。
十勝は、「走れる条件を試して決めていく」場所に選ばれたことになる。
3. 十勝の畑は、いまどうなっているの?
十勝の農業を、数字で並べてみる。まずは、わたしの同級生もつくっているじゃがいもから。
十勝だけで、全国のじゃがいもの4割近くをつくっている。
次は、畑の広さだ。
1軒あたりの畑の広さは、都府県平均の18倍以上。それなのに、農家の数も、農業を主な仕事にする人も、5年で1割ほど減った。
残った人で、同じ広さの畑を受け持つことになる。
目を引いたのは、平均年齢だ。十勝で農業を主な仕事にしている人は平均56.4歳で、全国平均より10歳以上若い。
トラクターをまっすぐ走らせるために、進む線を運転する人に示す装置(GPSガイダンス)は、十勝に約6,000台(試算)ある。無人のロボットトラクターも、すでに46台が導入されている。
畑が広く、平均年齢が低い、そして機械化も進んでいる。十勝には新しい技術を試すのに向いた環境が整っていると言えるかもしれない。
ただ、お金の面には悩みもある。十勝の農協の取扱高(農協が扱った農畜産物の金額。国の交付金の一部も含む)は2025年に3,846億円で、2年続けて過去最高だった。でも、肥料や飼料などの値段は2020年から約24%上がり、取扱高の伸び(同じ期間で11.3%)を大きく上回っている。1章で見た区域方針が課題に挙げていた「コスト高」は、この数字にも表れている。
4. 十勝のわたしと、農業特区
十勝出身とはいえ、農業のことは、そこまでくわしくない。それでも、地元の畑に新しい技術が来ると聞くと、やっぱりうれしい。
9月の自動運転の記事で、十勝に帰ったら、本当は全自動の車で動きたいと書いた。冬の雪道の運転が不安だからだ。上士幌町では、2022年から自動運転のバスが町を走ってきた(いまは車両の点検で運休中。10月からは、ロボットタクシーの試験運行も始まっている)。今度はロボットトラクターが、十勝の道で走ろうとしている。
日経が帯広に支局を開いた理由のひとつも、十勝の農業だった。
ここから先は、実証が始まってからの話になる。11月14日には、帯広で特区のシンポジウムも予定されている。無人のトラクターが、どんな条件で公道を走れるようになるのか。十勝で決まったルールが、全国に広がるのか。帰る日のことも考えながら、追いかけていきたい。
5. わたしの見方
アメリカの第3代大統領トーマス・ジェファーソンは、1787年、のちの初代大統領ジョージ・ワシントンにあてた手紙にこう書いている。
最後には、本当の豊かさと、よい道徳と幸せに、
いちばん役立つのだから。
トーマス・ジェファーソン(1787年8月14日、ワシントンへの手紙)
この手紙を書いたとき、ジェファーソンはアメリカの公使としてパリにいた。ヨーロッパでは、オランダの争いをめぐって、イギリスやプロイセンとフランスが戦争を始めそうな空気になっていた。
ヨーロッパの国どうしが戦えば、戦いに加わらないアメリカには、商売でもうけるチャンスに見える。ジェファーソンは、そこに待ったをかけた。戦争に乗じた商売は、アメリカを投機と、身の丈を超えた取引に走らせ、いちばん賢い仕事である農業から引き離してしまう、と。手紙は、こう続く。
投機や略奪で得た富は、すぐに消えてしまい、社会をギャンブルの気分で満たす。農業のほどほどで確かな収入は、長く続く改善と、落ち着いた暮らしと、公私にわたる秩序ある振る舞いをもたらす。
一度に大きくもうけるより、ほどほどの収入を、確かに積み上げる。ジェファーソンの言葉は、農業という国家事業への長期投資、長期戦略だったのかもしれない。
十勝の自給率は、カロリーで見ると1,295%。十勝の畑は、地元の人口の13倍近い人を食べさせている計算だ。その畑を、少ない人で守っていくための技術が、これから十勝の道で試される。
6. まとめ
- 9月30日、帯広市など十勝の19市町村が「十勝AI農業特区」に正式に指定された
- 目玉は無人ロボットトラクターの公道走行。ただし「走ってよい」とはまだ決まっておらず、実証しながら国が条件を決める段階
- 十勝の案は、無人のトラクターと、人が運転するトラックが列になって走る隊列走行。警察庁は、交通量の少ない直線は無人、交差点は人が運転という形を示した
- 十勝の1軒あたりの畑の広さは、都府県平均の18倍以上。農家も、農業を主な仕事にする人も5年で1割減り、肥料や飼料などの値段の伸びが取扱高の伸びを上回る
- 農業を主な仕事にする人は全国より10歳以上若く、GPSガイダンスは約6,000台(試算)。新しい技術を試すのに向いた環境と言えるかもしれない
- 十勝出身のわたしにとって、十勝のニュースはなんでもうれしい。実証の行方を追いかけたい
・十勝の提案と警察庁の考え:帯広市「十勝AI農業特区について」、十勝19市町村のワーキンググループ提出資料(2026年5月28日)、警察庁の説明資料(同日)、十勝19市町村の提出資料(2026年8月6日)
・十勝の農業の数字:北海道「2025年農林業センサス(北海道分・確定値)」、農林水産省「2025年農林業センサス結果の概要」、十勝総合振興局「農協取扱高(2025年産概算)」、同「2025 十勝の農業」
・報道:北海道新聞(2026年9月10日)、同(農協取扱高、2025年12月)、日本経済新聞「日経からのお知らせ」(2025年11月25日)、農林水産省「米国産一般流通用生鮮ばれいしょの検疫協議の進捗状況に関する説明会の開催について」(2026年8月28日)、時事ドットコム「米国産生鮮ジャガイモ、輸入解禁へ手続き進む」(2026年8月28日)、日本経済新聞 社説「ジャガイモの輸入解禁は科学的見地から」(2026年9月21日)、日本経済新聞「日経が北海道帯広に2026年1月支局開設」(2025年12月8日)、上士幌町「自動運転バス」、同「ロボットタクシー実証運行」、上士幌町「自動運転バス運休のお知らせ」、中小機構 J-Net21「十勝AI農業特区シンポジウム」、高市首相のX投稿(2026年10月10日)
・格言:Founders Online「Thomas Jefferson to George Washington, 14 August 1787」、Thomas Jefferson Foundation(訳はわたし)




