ROEはオワコンなの? バフェットの言葉とアンソロピックの届出書で確かめてみた
株を選ぶとき、必ず見る数字はあるだろうか。
わたしは、日本の高配当株を選ぶとき、ROE(自己資本利益率)を見ている。8〜10%が合格ライン。高いほど良い。
11月1日の日経新聞に、「アンソロピックIPOの創造と破壊 ROEはオワコンか」という見出しがあった。IPOは株式の新規上場のことで、オワコンは「終わったコンテンツ」の略。もう古い、という意味だ。
でも、本文は有料で、わたしが読めたのは最初の2段落だけだ。日経がどう答えたのかは、わからない。それでも、見出しの問いは気になった。自分の物差しが古くなっているなら、困る。そこで、ROEとは何か、なぜ「オワコン」と言われうるのかを、読める資料で調べてみた。
1. ROEって何?
ROEは、英語の Return on Equity の頭文字で、日本語では自己資本利益率と言う。株主のお金(純資産)で、1年にどれだけもうけたかの割合だ。
100万円 ÷ 1,000万円 = ROE 10%
同じ1,000万円で50万円しかもうからないお店(ROE5%)と比べると、100万円のお店のほうが、お金を上手に働かせていることになる。株主から見ると、預けたお金がどれだけ働いているかの通信簿だ。
日本で「8%」という目安が広まったきっかけは、2014年8月に経済産業省が出した報告書だ。まとめ役の先生の名前から、伊藤レポートと呼ばれている。世界の投資家と話すなら、ROEは8%を超えるのが望ましい、とした。
アメリカでは、投資家のウォーレン・バフェットが、早くからROEを大事にしてきた。1979年分の株主への手紙に、こう書いている。
経営の成績を測るいちばんの物差しは、株主のお金で、どれだけ高い率でもうけたかだ。1株あたりの利益が、毎年増え続けることではない。
実は、この文の途中には、カッコの中の注意書きがある。それは4章で読む。
2. アンソロピックで、ROEを計算してみると
では、ROEが「オワコンか」と言われるきっかけになった会社で、実際に計算してみる。
アンソロピックは、アメリカのAIの会社だ。10月26日に、上場(株式市場で、だれでも株を売り買いできるようにすること)のための届出書を出した。そこに並んだ数字が、これだ。
ROEは、もうけ÷純資産だ。1〜6月の赤字を、6月末の純資産で割ると、こうなる。
マイナス807億ドル ÷ マイナス1,276億ドル = プラス63%
赤字なのに、ROEはプラス63%。半年分だけで、わたしの合格ライン(1年で8%)を大きく超えてしまう。マイナスをマイナスで割ると、プラスになるからだ。計算はできても、数字に意味はない。
なぜ、こんなことになるのか。割る数と割られる数の両方に、理由がある。
割る数(純資産)が、マイナス
アンソロピックは、1,474億ドルの財産を持っている。でも、借金などが1,175億ドル、上場前に投資家が出したお金が1,575億ドルある。投資家が出したこのお金は、上場するまで、帳簿の決まりで純資産に数えない。だから、純資産がマイナスになる。
上場して、この分がふつうの株に変われば、純資産はプラスに戻る。経営がうまくいっていないから、マイナスになっているわけではない。
割られる数(もうけ)が、帳簿の上の損でふくらんでいる
1〜6月の赤字807億ドルのうち、724億ドルは、転換社債などの帳簿の上の損だ。転換社債は、あとで株に替えられる約束がついた借金のこと。届出書には、会社の値打ちが上がるほど、この損が大きくなると書かれている。
例えると、「将来、お店の持ち分と交換できる引換券」をつけて、お金を借りたのに近い。お店の評判が上がると、引換券の値打ちも上がる。お店から見ると、将来渡す持ち分の値打ちが上がったことになる。その値上がりのぶんを、お店は損として帳簿に書く。でも、お財布からお金は出ていかない。
本業の損益は、7億ドルの赤字だ。売上が162.9億ドルある会社としては、トントンに近い。
いちばん大きな約束は、ROEに映らない
日経の記事が最初に挙げていた数字もある。AIを動かす設備の代金として、これから少なくとも4,170億ドル(約66兆円)を払う約束だ。届出書によると、2026年に入ってから結んだ契約の合計で、データセンターや設備を借りる契約が中心になっている。始まるのは2026〜2027年で、期間は1年未満から20年まで。
まだ始まっていない約束なので、いまの帳簿にはほとんど出てこない。それでも、大きさは、借金など(1,175億ドル)の3倍を超える。
この66兆円は、先行投資に近い。AIを動かすデータセンターを、最長20年先の分まで、先に押さえている。
ROEは、いまの帳簿の数字だけで計算する。この会社でいちばん大事な「66兆円に見合う売上が、これから入ってくるか」は、ROEには映らない。
3. 世界一有名な先生は、別の物差しで測っていた
では、こういう会社は、何で測ればいいのか。
アスワス・ダモダラン教授は、ニューヨーク大学で、会社の値段のつけ方を教えている。届出書が出た2日後の10月28日、アンソロピックの値打ちを自分で計算して、ブログで公開した。
教授の計算は、過去の帳簿ではなく、10年後の姿から始まっている。
ブログの中に、ROEは出てこない。ROEが悪い、と言っているわけでもない。ただ、この会社を測るために、別の物差しに持ち替えている。
教授のブログによると、上場の値段は1.5〜2兆ドルと言われている。教授は、自分の答えより大きく上で売り出されたら「お祭り騒ぎには加わらない」と書いた。最後は、投資は個人の判断なので、自分の数字で計算してみてほしい、と読者に呼びかけている。
4. それでも、ROEはオワコンではない
1章のバフェットの手紙には、カッコの中の注意書きがある。全部を読むと、こうなる。
経営の成績を測るいちばんの物差しは、株主のお金で、どれだけ高い率でもうけたかだ(借金をしすぎず、帳簿の小細工もせずに)。1株あたりの利益が、毎年増え続けることではない。
ROEの弱点は、バフェット自身が、40年以上前にカッコの中で書いていた。弱点は2つある。
1つめは、借金だ。同じ商売でも、元手のうち借金でまかなう分を増やし、自分のお金(純資産)を小さくするほど、ROEは高く見える。野村総合研究所の解説も、もうけが増えていなくても、純資産を減らせばROEは上がる、と指摘している。
AとBは、同じ商売をしている。それなのに、借金の多いBのほうが、利息を払ったあとでも、ROEは3倍以上高い。ROEだけを見ていると、Bのほうが良いお店に見えてしまう。
2つめは、帳簿だ。バフェットが注意したのは帳簿の小細工だ。アンソロピックの帳簿は小細工ではなく、決まりどおりのものだけど、それでも2章のように、ROEはここまでゆがむ。
つまり、ROEは、借金が多すぎず、帳簿の数字がふつうの会社で使う物差しだ。2章でROEが役に立たなかったのは、ROEが古くなったからではない。その条件に合わない会社だったからだ。
5. わたしは、ROEをこう使う
わたしの答えは、ROEはオワコンではない、だ。これからも、8〜10%を合格ラインとして見る。
ただ、ROEは、1つだけで決める数字ではない。わたしが高配当株を選ぶときは、自己資本比率と一緒に見ている。
自己資本比率が高い会社は、借金が少ない。借金を増やしてROEを高く見せている会社は、自己資本比率で引っかかる。4章のBのお店は、自己資本比率20%なので、わたしのチェックでは落ちる。バフェットのカッコの中の「借金をしすぎず」を、わたしは別の項目で確かめていることになる。
アンソロピックのように純資産がマイナスの会社は、自己資本比率もマイナスになる。わたしの物差しでは、そもそも測れない会社だ。物差しが合わない、というだけだ。
わたしは、AIの会社の多くを、オルカン(世界の株にまとめて投資する商品)とS&P500(アメリカの代表的な500社の株)を通して持っている。アンソロピックも、上場して、オルカンやS&P500が目安にしている会社の一覧(指数)に入れば、自然とその中に入ってくる。1社ずつ測れない会社は、指数にまかせる。
アメリカの心理学者、アブラハム・マズローのことばだ。
マズローは、この一文の前に、よくできた自動洗車機の話をしている。車を洗うことしかできない機械なので、中に入ってきたものは、何でも車として扱ってしまう。人も同じで、得意な道具を1つしか持っていないと、どんな問題もその道具に合わせて見てしまう、という話だ。
ROEは、よくできた金づちだ。日本の高配当株という釘には、いまもよく効く。でも、アンソロピックのような会社は、まだ釘の形をしていない。
だから、ROEという金づちではなく、他の新しい道具が必要なのかもしれない。
6. まとめ
- ROEは、株主のお金で1年にどれだけもうけたかの割合。日本では、2014年の伊藤レポートから8%が目安になった
- アンソロピックで計算すると、赤字なのに、半年分のROEはプラス63%。純資産も利益もマイナスで、数字に意味がない
- 純資産のマイナスは上場前の帳簿の決まり、赤字の大半はお金の出ていかない帳簿の上の損だ
- 66兆円の支払いの約束は、いまの帳簿にほとんど出てこない。ROEには映らない
- ダモダラン教授は、ROEではなく、10年後の姿から会社の値打ちを計算していた
- ROEの弱点は、バフェットが1979年分の手紙のカッコの中に書いていた
- わたしは、ROE8〜10%を見続ける。ただし、自己資本比率と一緒に
・アンソロピックの数字:Anthropic, PBC「Form S-1」(アメリカ証券取引委員会、2026年10月26日)
・ダモダラン教授:Aswath Damodaran「The Anthropic Prospectus Arrives: My (but not the) IPO valuation!」(Musings on Markets、2026年10月28日)
・ROE8%の目安:大和総研「ROEの目標設定に際し、IRにおける時間軸を考える」(2015年2月26日)(経済産業省「伊藤レポート」2014年8月の内容)
・ROEと借金の関係:野村総合研究所「『PBR1倍超』経営の実現に向けた課題と方策」(知的資産創造、2023年8月号)
・バフェットの手紙:Berkshire Hathaway「Chairman's Letter 1979」
・格言:Quote Investigator「If Your Only Tool Is a Hammer Then Every Problem Looks Like a Nail」(マズロー『The Psychology of Science』1966年)
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